第2話
「すっげー、可愛い…」
「ちょっと?私がいるんですけど?」
「あ、すまん」
突然歩み出てきて勇者がどうのと意味不明なことを言った王女様のような人物。
ドレス姿の美しいその女性に、一緒に終電に乗り合わせたカップルの男の方がうっとりと見惚れる。
それを見た彼女の方が嫉妬だろうか、男を咎め、男が慌てて謝っている。
そしていまだに状況把握が追いつかない俺は、ぼんやりと一連の流れを眺めていた。
「いきなりこんな場所に連れてこられてさぞ混乱なさっていると思います。今、全てご説明しますね」
とても日本人には見えない……にもかかわらず日本語を喋るその王女様のような人によってようやく現状説明がなされた。
まず彼女の名前はシスティーナ。
この国、ムスカ王国の王女様らしい。
先ほどまで終電の中にいたはずの俺たちがいきなりこんな場所に連れてこられたのは、全て彼女が執り行った召喚魔法が原因らしい。
「この国は今、魔族の侵攻に脅かされています。どうか勇者様たちのお力で私たちを魔族の手から救って欲しいのです」
そして召喚の理由は、魔族という悪い奴らから国を救ってもらうため。
この世界ではたびたび異界から人々を呼び寄せる儀式が執り行われており、異界人は一般に『勇者』という呼称で呼ばれる。
なぜ『勇者』なのかというと、それは異界より召喚された人々は総じて特別な力を持っているからだそうだ。
これまでも召喚の魔法により数々の勇者が現れ、世界を脅威から救ってきたらしい。
今回も俺たちには世界を救う英雄的活躍が期待されているということだ。
「勇者?何だそれ。なんかゲームみたいだな」
システィーナの話を聞いてカップルの男の方がそんな感想を漏らした。
「意味わかんない……元の場所に返して欲しいんですけど」
女の方はうんざりした表情でそういった。
「…」
俺は黙って成り行きを見守っていたが、俺
も概ね女の方に同意だった。
いきなり召喚されて世界を救えはあまりにも身勝手すぎる。
話を聞いている限り俺たちはこれから勇者として世界の脅威である『魔族』とやらと戦わなければならないらしい。
どうして全く知らない人々のために命をかけて戦わなくてはならないのだろうか。
『勇者』になんてならなくていいから早く平和な日本に返して欲しいとそう思ってしまった。
「もちろんいきなり勇者様たちを呼び出してしまって申し訳ないと思っております。こちらの世界ではなるべく勇者様たちに不便のない快適な生活を送ってもらうつもりです。そして勇者様のお力は強大ですから余程のことがない限り命を落とすことも魔族に苦戦することもないと思われます。我々も全力でサポートいたします。ですのでどうか、この世界をお救いください」
システィーナは、王女であるにもかかわらず
俺たちに対して頭を下げた。
それに倣って周りの大勢の人々の平伏する。
「うーん、どうするかなぁ?」
「不自由ない生活を保証してくれるならまぁ…」
地位の高い人に頭を下げられ、これだけ大勢の人に懇願されて二人は少し気をよくしたようだ。
王女から、生活の保証も約束され、また勇者としての強大な力も約束されている。
二人はどう見てもこのまま勇者としてシスティーナに協力しそうな感じになっていた。
だが、俺の意見は違っていた。
なんとなくシスティーナの言っていることが胡散臭く感じてしまった。
このまま彼女の言いなりになってしまうのは危険だと俺の中の何かが告げていた。
なのでやっぱり『勇者』なんかにはならずに、すぐに日本に返して欲しいと思い口を開きかけた。
「俺は…」
「うるさい。ちょっと黙ってて」
「あんたの意見は聞いてないんだわ、おじさん。というかいたんだな」
「…」
これである。
社会的弱者は意見を吐く自由すらないのだ。
俺は二人にぎろりと睨まれ、黙らされて、どうすることもできずに口を閉ざしてしまう。
そこはかとなく嫌な予感がするんだが。
「よしわかった」
「システィーナさん。私たちでよければ、貴方に協力します。豊かな生活を保証していただけるのなら」
やがて、二人が今後の方針を決めたようだ。
やっぱり予想通りシスティーナに協力する選択をしたようだ。
この世界での勇者という存在の地位の高さを感じとったか、あるいは勇者に備わっていると言われている『力』を使いたくなってみたのか。
二人の判断基準はわからないが、これで俺も半ば強制的に『勇者』にならざるを得なくな
ってしまった。
「ありがとうございます。勇者様方のご慈悲に感謝します。貴方たちによって世界は救われ、お三方の名前は英雄として後世に語り継がれることになるでしょう」
システィーナがもう一度感謝の意を示して頭を下げ、他のものたちも俺たちの前に跪いた。
「へへっ」
「すごい…王族みたい…」
そしてカップル二人は、大勢の人間に傅かれて完全にいい気になっている。
「それでは勇者様方。最初にまずステータスを確認させてもらえないでしょうか?」
「ステータス?」
「え?なになに?」
首を傾げるカップルにシスティーナが柔和な笑みで説明する。
「ステータスは勇者様方の強さを表すものです。それを調べさせてもらいます。いいでしょうか?」
「別にいいぜ?勇者は全員強いんだろ?」
「はい、歴代勇者たちもこの世界の人間を遥かに凌駕する素晴らしいステータスの持ち主でした」
「そうかそうか。じゃ、いいぜ、ステータスを調べても」
「どうぞどうぞー。どんな感じなのか楽しみー。魔法とか使えるんでしょ?」
二人は気安くステータスを調べることを許した。
俺もシスティーナに目配せをされておずおずと頷くことしかできない。
「ご協力感謝します。それではさっそくステータスを調べますね」
笑顔でそういったシスティーナが俺たちに向かって手を翳した。
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