アラサー社畜さん、勇者召喚に巻き込まれてしまう〜勇者じゃないなら必要ないと追放されたが俺だけの最強ステータスが覚醒。今更戻ってこいと言われてももう遅い〜

taki

第1話


「ねぇ、おじさん。こんな時間に電車乗って何してんの?」


「おえ…?」


唐突に話しかけられて妙な声を出してしまった。


俺は落ちかけていた頭を起こし、垂れかかっていた涎を急いで拭ってから顔を上げた。


ニヤニヤしながら俺のことを見ているのは、電車の向かいの席に座っている大学生ぐらいのカップルだった。


二人とも容姿が整っており、格好もオシャレだ。


いわゆる『陽』の側の者たちの雰囲気をその全身に纏っている。


二人は、話しかけられた理由がわからずに戸惑っている俺のことを互いに肩を組みながら小馬鹿にしたような視線で見てきていた。


「何か?」


「こんな時間に何してんのって言ってんの」


「終電の時間までさ」


その車両には俺とその話しかけてきた二人しか乗っていなかった。


ガタンゴトンと、深夜の暗いトンネルの中を電車が走る音が周囲に満ちていた。


「何って……仕事帰りですが?」


「こんな時間まで仕事?」


「絶対にブラック企業じゃん」


「…」


二人は明らかに俺のことを笑いものにしていた。


平日の深夜にスーツ姿で疲れ果てた様子で終電に乗っている俺のことを、完全に社会の負け組だと思って見下しているのだ。


そして悔しいが、完全にその通りだった。


俺の勤めている会社はこれぞブラック企業といった感じの中小企業だった。


安い給料。


滅多に払われない残業代。


パワハラ上司。


有給はもちろん消化できず、土日に急に電話で呼び出されることもしょっちゅうだ。


そんな会社に勤めて馬車馬の如く働き、何のために生きているのかもわからないような人生を歩んでいる俺は間違いなく社会の負け組だろう。


そんな負け組の纏う特有の雰囲気を二人は嗅ぎ当て、マウントをとってきているのだ。


そしてそれに対して俺は情けないことに何も言い返せない。


「お給料いくらもらってんのー?」


「俺、今月バイト代30万近く稼いだぞ?まさかそれより少ないってことないよな?」


「…」


残念ながら俺の給料は二十代後半にして30万円に届いていなかった。


バイト代で三十万か。


すごいな。


高学歴の家庭教師のバイトとかだとそれぐらい行くのか。


バイトでそれだけもらってりゃ、俺みたいなサラリーマンを馬鹿にしたくもなるよな。


「俺、今大学四年生なんすけど、M商事の内定もらったんすよ」


「そうそう。うちの彼すごくてー」


「…」


男の方がまだマウントを取り足りないのか、そんなことを言ってくる。


なるほど、M商事の内定をもらえるってことはやっぱり高学歴か。


バイト代の30万円も信憑性があるな。


「多分初任給ですでにおじさんの給料より高いっすよ。羨ましいっすか?」


「あはは。そんなこと言っちゃ可哀想だって」


「…っ」


この二人は一体何の恨みがあって俺にここまで絡んでくるのだろう。


俺が彼らに何かしただろうか。


流石に腹が立ってきた俺は、世間を知らない若者二人に言い返してやろうと立ち上がりかけた。


その時だった。


「うわ、何だこれ!?」


「ちょ、なになに!?何なの!?」


「…!?」


車両の地面が突如として光り出した。


突然の出来事に二人は悲鳴をあげ、俺は眩しさのあまり目を瞑った。


光りはどんどん強くなり、車両全体を埋め尽くす。


「逃げないとやばくない!?」


「何なんだよこれ!?誰かのイタズラかよ!?」


二人がドタドタと慌てて逃げようとする音が聞こえる。


俺は、突然のことで思考が追いつかず、ただその場にうずくまることしか出来なかった。


何だろうこの光。


もしかして爆弾とかだろうか。


まぁこのまま死ぬことになっても、多分後悔しないだろうな。


後悔するような人生を生きてきていないし。


そんなことを思った次の瞬間、全身が謎の浮遊感に包まれて俺は意識を手放した。




「知らない天井だ…」


思わずそんな言葉が漏れた。


次に目を覚ました時、俺は全く見知らぬ場所にいた。


横になっている体を起こし、周囲を見渡す。


そこは中世のお城のような場所だった。


地面にはまるで何かの儀式用のサークルが描かれており、その周りを白装束をきた大勢の人々が囲んでいた。


俺のすぐ近くには、ついさっきまで同じ車両に乗っていた大学生ぐらいの二人の姿もある。


「は?ここどこ?」


「え、なになに?本当にどういうこと?マジで意味わかんないんだけど…」


二人が周囲を見渡して混乱している中、白装束の集団の中から一際豪奢なドレスに身を包んだ美しい王女様みたいな人が歩み寄ってきた。


「よく召喚に応えていただきました、勇者様。どうかそのお力で災厄からこの世界をお救いください」


俺は何が何だかさっぱりわからなかった。


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