ミリィちゃんの災難~ユーミのいない間の事~

「えいやっ!」


 空に向かって【火炎】の魔法を撃ってみても、ネタバレしたせいか誰も騒いでくれない。

 新しいネタを考えなきゃ駄目か。

 私、『ふらふら幽霊のミリィ』こと、藍原美里あいはら みさとは中央広場の噴水の上に浮かびながら、首をひねった。

 幽霊だから、明るい所では見えないんだよねぇ……私。

 ユーミちゃんがいれば、話しかけると漫才の相手をしてくれるんだけどなぁ。

 我が神出鬼没同盟の盟友、『通りすがりの魔道士ユーミ』ちゃんは、本業の女優さんとしての大きなお仕事が入って、三週間のお休みの真っ最中だ。

 不在中は、私たちが盛り上げないといけない。

 真似してみようと、三日間ほど頑張ってみたんだけど……難しい。彼女、良くもこんなにあちこちに目を配っていたものだと思う。

 お城をエスケープしてきたジュリア姫に付き合うだけでも、けっこう骨が折れる。

 加えて、真面目過ぎる聖女リオンちゃんを引っ張り出して休憩させて、こもりがちな生産者やお店をやってる人たちに声をかけて、騒ぎを起こしてシフォンさんを呆れさせて……。

 真似してみようと思ったけど、とても無理だ。

 それだけじゃなく、ちゃんとプレイヤーさんとも遊んでいるんだよ?

 もう無理、私は三日でメゲました。

 私は幽霊のミリィちゃん。ミリィちゃんらしく楽しもう。


 あ、ジュリア姫発見。

 お行儀悪く脚開いて、噴水の縁にどっかりと腰を下ろして頬杖ついてる。


「はぁ……アレがいないと退屈だわ」


 盛大に溜息を吐いていらっしゃる。

 フッフッフッ……水色のエプロンドレスにリボンの美少女が、すぐ後ろに立っていると思うまい。

 昼間の私は、透明と書いて無敵と読む。

 周りから見えないから、いたずらのし放題なのだよ。

 さあ、何をしようかな? と考えていたら、いきなり、


「キャアアアアアアアアッ!」


 いきなり耳元で悲鳴を上げられた、ジュリア姫が噴水の縁から落ちて尻餅をつく。

 慌ててスカートを抑えて振り向くと、リオンちゃんより、一つか二つ、年下の男の子が笑ってた。


「何だ、かぼちゃパンツでやんの。ダセー」

「時代考証の結果だもん。それにレースの飾りがついてたりして、お洒落してるんだから!」

「何言っても、かぼちゃパンツの時点で(笑)」


 このぉーっ!

 状況が文字通りに全く見えてない、ジュリア姫が腰に手を当てて柳眉を逆立てる。


「ちょっと! ミリィでしょ? いきなり耳元で騒がないでくれる? 何をかぼちゃパンツを連呼してるのよ!」

 

 やめてよお! デリカシーの欠片もないのは知ってるけど、そんな事を大声で言うなぁ。周りの男子プレイヤーさんがニヤニヤしながら、


「ミリィちゃんは、かぼちゃパンツなんだ」


 とか噂してるじゃない! 掲示板で広がったら、宙に浮いてる私を、夜とか下から覗きに来る子が出るんだよ!

 見えないように、ペチコートを何枚重ねてると思ってるのよ!


「ほんとにかぼちゃパンツなんだから、しかたないじゃん」


 このガキ……お仕置きが必要ね。

 清純派美少女幽霊を辱めた罰が必要でしょ。


「待てこら!」


 ミリィちゃんの浮遊能力を舐めるなよ?

 街中限定だけど、障害物オールクリアで、直線移動できるんだからね?

 とはいえ、12,3歳男子の脚力はなかなか速い。しかも、パルクールでもやってるのかってくらいに身軽だし。

 もぉっ! クネクネクネクネとぉ!

 よし、この先は右折するしか無い所。一気に建物通り抜けで捕まえる!

 一瞬目の前が真っ暗になって、火花が散った。

 痛みは、後から来たよ……。

 うわ~ん、痛いよおぉ……。思いっきりオデコを壁にぶつけたぁ!

 へ、部屋の中が真っ暗で実体化しちゃった……。

 オデコ、たんこぶ出来ちゃった……。血も出てるぅ……。

 隣で、お手伝い妖精にミルクものたうち回ってる。私と一緒に顔打った?

 一度ログアウトして楽屋に戻る。

 鏡を見たら、酷い顔だよ……。青痣、たんこぶ、流血……美少女台無し。

 神殿にログインして、びすびす泣きながらリオンちゃんを頼る。


「ミリィちゃん、どうしたの!」


 さすが聖女。リオンちゃんは幽霊も見えちゃう人。

 信者の相談……通称、握手会の列を放りだして、駆け寄ってくれる。治癒の呪文をかけてくれて……美少女復活! ミルクちゃんも可愛い妖精に戻った。


「リオンちゃん……あのね……」


 説明を聞き終えたリオンちゃんは、慌てて聖衣のスカートを抑える。

 大丈夫だよきっと、リオンちゃんのスカートを捲るような不届き者は、行列している信者ファンが袋叩きにするだろうから。


「でも不思議……昼間のミリィちゃんが見える上に、スカートを捲れるってどういう子なんだろう?」


 そう! そこが不思議なのよ?

 昼間の私は透明なんだし、私が触れられないはずなのよ。

 だから、壁抜けとか出来るんだし……。


 どうでもいいけど、またリオンちゃんの周りを飛び回る小鳥が増えてる。

 この子はハチドリ……ハミングバードってやつだね。

 どこまで増えるのか、楽しみになってきた。


 リオンちゃんにお礼を言い、神殿の壁を抜けて街に戻る。

 セクハラ行為なので、運営にメールして抗議。でも、蒔田ワールドデザイナーさんもビックリしていたくらいだから、本当のイレギュラーみたい。

 VRシステムの高価さもあって、リオンちゃんより歳下のプレイヤーなんて少ないから検索してもらえば出るかな?

 見つけたら、ウチの弟よろしく女子の前でオチンチン丸出しの刑に処してやる!

 ……え? 過激?

 うちの弟もそんな歳で、姉たる私にエッチないたずらする時があるんだけど、その時は私の友達呼んで、とっ捕まえてパンツ脱がしちゃう!

 女の子の恥ずかしさを思い知れば、紳士的にもなるでしょう!

 ……変な性癖に目覚めないことを祈るけど。


 さて、どこに行ったかな?

 ふわふわと空高く浮かんで、街を見下ろす。

 前にプレイヤーさんの屋台で見つけた遠眼鏡……あの棒の持ち手のついたオペラグラスね。を使って、街中を見回す。

 あ、いた!

 のんびり、リリカさんの芸を見て笑ってる。

 よ~し……ちょっと離れた所に降りて……人の後ろに隠れて忍び足……。

 捕まえたぁ!

 ちょっとスカートがはしたない事になっているけど、昼間で見えないからセーフ。

 後ろから、抱き倒すようにして捕まえた!


「わ~! 離せっ……貧乳幽霊っ! Aカップを押し付けられても嬉しくない!」

「ミリィ? 何やってるのよ、子供相手に」


 ガキの叫びで、私案件だと気づいたリリカさんが慌てる。

 そこの男性プレーヤーも


「充分に嬉しいだろう?」


 なんて言わない! 羨ましがるんじゃない!

 やめてよぉ! 「ミリィちゃんはAカップ」なんて汚名を着せるのは!

 大声でカミングアウトなんて出来ないけど、Bだもん! Bカップ有るもん!

 更に妙なことを言い出さないように、手で口を塞いでやる。

 GM! GMコールをする!


 とたんに私の周囲から、人がいなくなった。

 無人の街。私の不可視も解けて、男の子に抱きついてる状態。

 眼の前にヤンバルクイナのぬいぐるみ……蒔田さんだ。


「ミリィ、もう離しても大丈夫。スカートを整えてね」

「きゃう!」


 パンツ丸見え状態のスカートを直して、正座する。

 膝の上にミルクちゃんも正座。……可愛い子。

 その様子を愛でてから、ヤンバルクイナは男の子に向き直った。


「さて……君は誰かな? どうやってこのゲーム世界に潜り込んだの?」

「え……蒔田さん、どういう事?」

「この子にはIDが無いのよ。NPCで作った覚えもないの。私、ショタっ気はないから」


 余計なカミングアウトがあった気もするけど、じゃあ……この子は一体?

 体育座りになって、不貞腐れた男の子が唇を尖らせた。


「知らないよ! 気がついたらにいたんだから……」

「ここに来る前は、どこにいたのかな?」

「……仁天道じんてんどう大学附属病院の南棟3階の302号室」


 思わず、蒔田さんと顔を見合わせてしまう。

 言われてみれば、この子の頭の上って名前が出てないわ……。


「……君の名前は?」

「……小柳啓太こやなぎ けいた

「ミリィ、ちょっと話を繋いでて……」


 そして、ヤンバルクイナのぬいぐるみはしばらく動きを止める。

 確認に動いてると思うから、話を繋がなくちゃね。


「啓太くんは、どうしてここの事を知ったの?」

「テレビのコマーシャルで。魔法使いの女の子が『ワーズランド王国に遊びにおいでよ』って言ってたから、楽しそうだな? 行きたいなって思ってた」


 ユーミちゃんの案件? なんか納得した。

 いてもいなくても、騒ぎの元なんだから!


「VRユニットは持ってたの?」

「そんな高いもの、買ってもらえるわけがないじゃん。……入院費も高いんだよ?」

「いつから、ここにいたの?」

「ついさっきだよ? 貧乳幽霊のスカート捲るちょっと前……イテッ!」


 いけない、反射的にグーで頭を殴っちゃった。

 でも今の暴言には、許されるはず。


「ちゃんと、ミリィちゃんという名前が有るんだからね! 何でいきなりスカート捲るのよ!」

「……見えそうで見えなかったから?」

「この王国では、セクハラ行為は大罪なんだよ! やってはいけないの!」

「はーい……。ねえ、あの魔法使いの可愛い娘はどこにいるの?」


 私は『貧乳幽霊』で、ユーミちゃんは『魔法使いの可愛い娘』?

 ふーん……ずいぶん差が有るじゃないか。

 ただ、いろいろ察しちゃうから……優しく教えてあげよう。


「ユーミちゃんは、今お仕事でお休みしてるの。来週、帰ってくるよ」

「ええっ……一緒に遊びたかったのに」

「楽しいし、気い使いな娘だから一緒に遊んでくれるよ」

「でも僕……何時までいられるのか解らないし」

「……確認が取れました」


 ヤンバルクイナが動き出す。

 ちょっと気重な感じで。


「……やっぱり、僕……死んでた?」

「電話でここの音声の確認をお願いした所……お母様が運営にいらっしゃるそうです」


 わざと事務的に、感情を殺して蒔田さん。

 それから、急にあっけらかんと言った。


「入り方を覚えてない以上、たぶん出方も解らないでしょ? 運営会社としては、啓太くんの気が済むまで、この世界で遊んでもらっても構わないわ。……ただし、セクハラはいけません」

「はーい」



       ☆★☆



「幽霊もデジタルの時代なんだねぇ……」


 あなたの感想はそれなの?

 久しぶりのユーミちゃんは、やっぱりユーミちゃんなので安心する。

 いつもの中央広場の噴水に腰掛けて、のんびりと。

 隣りに、呆れ顔のお姫様がいるのも……デフォルトかな?

 ユーミちゃんは青空に手を振る。

 空には少年の面影が……というなら、美しいエンディングなんだけど。


 そのデジタル幽霊は、キメラのキラ君の背に乗って空中散歩してたりする。

 フェニックスの背に乗った聖女様とランデブー飛行中。

 ユーミちゃんといい、蒔田さんといい……。

 このゲームって、どこまで度量が広いのよ……。


 それでも、かぼちゃパンツのAカップと、Wikiにまで記載されてしまった恨みを、私は忘れてない。

 何度Bカップと書き直しても、すぐに再訂正されるんだよぉ!

 戦いは、まだ続いているのだ。

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コンパニオン・プレイヤーの暴走 ~シールズ・キングダムの軌跡~ ミストーン @lufia

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