三週間の休暇
「三週間ですか……」
今日はヤンバルクイナのぬいぐるみではなく、銀縁眼鏡のちょっと色っぽいお姉さんな
ここは東京メトロ新高円寺駅前の『クリエイトゲーム』社のオフィス。
我らが『シールズ・キングダム』の運営さんだ。
衝立で区切られた向こうのデスクの島では、六月に公開予定の大型アップデートの準備なのだろう、姉妹ゲーム『ファンタジー・フロンティア・オンライン』のスタッフが、忙しそうに動き回っている。
ついつい、貼り出されている大きな島のマップに見入ってしまうけど、それどころではなかった。
急な話ながら、私は三月に入ったら三週間のお休みをもらいたくて、直接オフィスに来ているのです。
複数人を担当していて、基本私は野放しにされている事務所マネージャーさんとも、駅前のハンバーガー屋さんで待ち合わせて、一緒に来ている。
……突然舞い込んできたけど、私にとっては大きなお仕事だったりします。
「ユーミが三週間不在になるのは、さすがに痛いわね……」
と、言ってもらえて、内心胸を撫で下ろす。
即断オーケーだったら、いらない子みたいでちょっと寂しいもん。
そして、眼鏡の奥の糸目がニッコリと微笑んだ。
「でも、大きなお仕事だもんね。頑張っておいで。……他のメンバーも、三週間の間にユーミのありがたさを実感するでしょう」
そうかな? ジュリア姫なんか、お騒がせの元がいなくてせいせいしそうだけど……。
「あはは……数日はそうかもね」
そこは否定してくださいよぉ……ワールドデザイナーさん。
蒔田さんは、何か企む顔で楽しそうだ、
「でも、日が経つに連れて解ってくるから。ユーミの存在感。うん……個々の自覚を促す意味でも、良い機会かも知れない。ユーミ……というか、桃沢優美さん、頑張って来て」
「はいっ!」
☆★☆
事の起こりは、某アイドル女優さんのスキャンダル。
クランクイン寸前だった、某変身ヒーローの十周年記念Vシネマのスタッフは、突然の準主役のキャンセルに頭を抱えていたそうな。
代役の売り込みはいっぱい有るが、そんな記念作品だから、何の繋がりもない女優を据えるのもしっくり来なかったらしい。そんな所へ……。
「ワーズランド王国に、遊びにおいでよ!」
って、あのCMが流れたらしい。
懐かし子役の私は、当然のごとくその番組でもいつも通りに、怪人に攫われたりしてたわけで……。
「優美って手もあるな?」(実際に言われたらしい)
「ああ……もう大学生なのか」(これも)
「ずいぶん美人になって」(これは想像だけど、言われていて欲しい)
などと噂になったんじゃないかと、都合良く思い込んでいる。
つまり、私……桃沢優美にその代役が回ってきたのだ。
特撮ファンにはピンポイントで人気の私だから、申し分のない代役だし、スケジュールも空いてそうで、ギャラも安くて済む。
唯一のレギュラーワークである、『シールズ・キングダム』のコンパニオン・プレイヤーを三週間お休みする許可さえ貰えれば、ゴーサインである。
ふっふっふっ……もう攫われているばかりの、か弱い女の子じゃないよ?
今回はなんと、変身してしまうのです。ダークヒロイン……カッコいい!
オーディション等は控えるけど、回ってきた仕事に関しては適時応談。その契約内だし、了解をもらった私は、久々に家族に不審に見られない女優業を開始した。
台本を貰って、簡単な記者会見。
ネットの反応は『代役しょぼい……』から『優美ちゃん、すっかり大人になって……』まで色々、賛否両論かな。
台本貰って、役作りしつつ、衣装のお直しが急務だ。
自慢するわけだけど、胸がちょっと苦しい。……ウエストは、かなり苦しいけど。
直接下着じゃないとはいえ、パンチラ前提のミニスカは……お見苦しい脚をお見せするけど、耐えるしか無い。
でも、それ以上に……
「優美……お前、こんなに鈍臭かったか?」
と、顔なじみの擬闘師さんに溜息を吐かれてしまう、殺陣が問題!
抱き上げられて攫われるだけの昔と違って、パンチして、投げて、華麗にハイキックを決めなければいけない。なのに……
「優美……その高さはミドルキックだ」
はい……身体の硬い娘はストレッチから、やり直しです。
悲鳴を上げながら筋を伸ばされ、ジムで筋力アップを図りつつ、ランニングでスタミナも付けなきゃ。汗みずくのそんな様子も、メイキングビデオ用に撮影されてるし……恥っ!
そんなのいつ作ったの? と言いたい『通りすがりの魔道士ユーミ』ティーシャツを着て頑張る! ついでにあっちの宣伝もさせられる私……。それを見越して、売るほど渡されたから、いくらでも汗まみれにしてやる!
撮影は、東京より二度ほど気温の低い、茨城県のつくば市で始まった。
そうでなくても寒いのに、街中での撮影は、人の少ない早朝に撮るの。誰かさんを鍛える都合もあって、アクションシーンの撮影は最後の予定。
顔馴染のスタッフだからこそ、心配されていた役作り。……おっとりニコニコの、子供の頃の私を見てる人たちだもん。
でもセリフ合わせの時から、一発クリアしてるんだよ!
なんというか……凄くシフォンさんっぽいから、基本はなりきり演技でバッチリ。改心後は、ベルリエッタさんな感じで。
ありがとう、『シールズ・キングダム』の友人たちよ。
アクションシーンも何とかこなし、クランクアップ。
怒涛の三週間の締めくくりは、東京のスタジオでのアフレコだ。
変身後のスーツアクターさんが演じる時の台詞をいれたり、雑音が多くて同時録音が出来なかった部分のセリフを合わせたり……。
実は……アフレコって初めてなんだよ……。
と、不安ありありで録音スタジオに行ったら……。
「あ! ユーミちゃん見っけ!」
と、柔らかいものに抱きつかれちゃった。
ゲームの中じゃないから、昼間でも見えるぞミリィちゃん。その中の人、
「実は『シールズ・キングダム』繋がりのキャスティングなんだって」
コミケでは、一緒にステージに出たりしたもんね。
スタジオでのお作法や、マイクの使い方とかを教えてもらっちゃう。ラッキー。
お礼にボロネーゼをLサイズでタカられたよ……。痛いけど、痛くない出費。女子高生というのは、意外に良く食べる生き物だ。
「ユーミちゃんは、何時戻って来られるの?」
「この後、宣伝も兼ねた取材が続くから……明後日の午後くらいかな?」
「ええっ! ……そんな先なのぉ?」
美里ちゃんが、ぺたんとテーブルに突っ伏す。
中一日空けるだけじゃん。すぐだよ。
「早く戻ってくれないと、王国の危機だよぉ」
「また、大げさな」
「大げさじゃないよ……。ジュリア姫はストレス溜めまくってるし、リオンちゃんも神殿を抜け出せずに疲れちゃってるし、私も遊び相手がいなくて退屈だもん」
「リオンちゃんは可哀想だけど、他は何とかしなさいよ」
「蒔田さんの言う通りだよ……。チマチマみんなの所に顔を出して、みんなを繋げていたユーミちゃんの存在って意外に大きかったんだって、実感してるよ……」
忙しくって、頭の中から抜け落ちていた世界が、急に蘇ってくるようだ。
すっかりご無沙汰してるから、妙に懐かしくなる。
「薄情者ぉ~」
と言われちゃうけど、忙しい時は仕方ないじゃん。
正式に申請したお休みだもの。
とはいえ、明後日までは如何ともしがたい。取材とはいえ、事前準備は必要なのだし、主演の方々に迷惑はかけられないんだから。
約束の明後日は、土曜日。
大学の追試は来週だし……仕事で試験を受けられなかったので、特別待遇と言う名の春休み潰しが辛い。
お昼ご飯を食べてから、VRコンソールの前で悩む。
ミリィちゃんは、ああ言ってくれたけど……実はもう忘れられていたりして……。
やだよぉ、怖いよぉ……。
とはいえ、蒔田さんとの約束もあるのでログインする。
そぉ~っと楽屋を通り抜けて……どこにポップアップしようか?
うん……ここにしよう。
「おやおや……お帰り、ユーミ」
カウンターの隅にポップアップした私を、目敏く見つけて、ナナリーさんが微笑む。
この時間は、お客さんのいない宿屋の酒場。
すっと、炭酸水のグラスを滑らせてくれる。……美味し。
「私が言うのも何だけど、いきなりこんな所でいいの?」
「うーん……何だか、照れくさくて。忘れられてたらどうしようとか思うと……」
私が唇を窄めて素直に言うと、一番のお姉さんなナナリーさんは爆笑した。
ちょっと酷くない?
「無駄な心配よ、それ。……ほら、台風直撃!」
バタンとスイングドアを叩きつけるように開くと、ド派手な色彩が私を包みこんだ。
そのまま羽交い締めにされて、お店の外に引き摺り出される。
「あんたねぇ! やっと戻ってきたかと思ったら、何をかくれんぼしてるの!」
「私にだって、照れとか、不安とか有るんだよぉ……」
「戻ったら、まずはただいまの挨拶でしょ!」
「わがまま姫にはデリケートな娘心が、解らないんだよ! それに何で、私のいる所が解ったのよ……」
「ナナリーの店の前で、キメラが昼寝していれば、誰にでも解るわ!」
ズルズルと引き摺り出された中央広場で、集まってるプレーヤーが爆笑する。
だから、これは漫才ではなく、わがまま姫の横暴で、権力の乱用なんだよ!
シッポナ、助けてぇ……シッポナアタックを許可するから。
なのに長毛種の白猫は、トコトコと足元を通り過ぎて、噴水の脇で丸くなって大あくび。
まったく、この娘は。
騒ぎを聞きつけて鳳ちゃんは主を乗せて飛んでくるわ、シフォンさんも何事かと駆けつけて呆れてるわ……。
「ほらっ、ちゃんとみんなに挨拶する!」
こんなに改まった形にされたら、それこそ言いづらいじゃないよ。
本当にデリカシーがないんだから。
その時、耳元にふわっと可愛らしい声が聞こえた。
「ユーミちゃん、お帰りなさい」
ありがとう、昼間は見えない我が友よ。
その一言で、心が軽くなる。
私はとんがり帽子を脱いで、笑顔でペコリと頭を下げた。
「三週間ほどリアルの世界を彷徨ってきました。通りすがりの魔道士ユーミ。今日からまた、この世界をフラフラしまーす!」
こうして、私はワーズランド王国での日常に戻ってきた。
新作『野心の剣~SWORD OF AMBITION~』
https://kakuyomu.jp/works/16818093079100470867
を公開しました。
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