悩みのタネとその解決法

「ねえ、私にも何か、空を飛ぶ方法が必要だと思わない?」


 また変な事を言い出したよ、このお姫様は。

 私は聞かなかった事にして、ミリィちゃんとの透明あやとりに戻った。

 そろそろと手の位置を確認して、次の形を思い出しながら透明な糸を指で取る。成功するとミリィちゃんの指が離れ、ポワっとあやとりの糸が見えるようになるんだ。

 なかなか難しいし、スリリング。

 最近、コンパニオン・プレーヤーの間で、密かに流行中なの。

 理不尽なお姫様は、カチンと切れて怒鳴った。


「遊んでないで真面目に考えなさいよ、ユーミは!」

「そういう事は、蒔田ワールド・デザイナーさんに言ってよぉ。プレイヤーの手には余るもん」

「訳の分からない事をやって、何とかしちゃうのがユーミでしょ!」

「それは偏見だよっ。私は無力なコンパニオン・プレイヤーなんだから」


 正論のはずなのに、何故か中央広場のプレイヤーたちが笑う。

 呆れたように腕を腰に当て、ジュリア姫が盛大な溜息を吐いた。


「で……誰が無力だって?」


 長手袋をはめた指で、順番にお昼寝中のシッポナとキラくんを指す。

 そりゃあ、長毛種白猫のシッポナは、フォレストジャガーをタイマンで狩ってしまう武闘派だし、キラくんは元エリアボスのキメラだ。だけど、私に懐いているだけで、武力制圧をしたわけじゃないもん。

 私は無力なプレイヤーです! 断固主張するぞ。


「現状、最高レベル魔道士なのに?」

「一人でふらふら、ラスボスの所まで行けちゃうのに?」


 中央広場の人たちのツッコミがキツイ。

 やめて。私を意地悪姫の生贄に、差し出すようなことを言わないで。


「何なら、多数決でも採ってみる?」

「ユーミちゃんは状況証拠が揃ってるから……」


 ああっ、ミリィちゃんも見捨てないで。

 私は無関係とばかりに、どっか行っちゃった。

 ……昼間は見えない幽霊だからって、ずるい。


 しょうがないなぁ、何で空を飛びたいのよ?


「炭鉱町も拓けて、みんなそっちへ行っちゃったじゃない。あのチビも鳥に乗って行けるのに、何で私だけ、王都に縛り付けられなくちゃならなのよ」

「勝手言わないでよ、姫なんだから仕方ないじゃん」

「姫なら、領土の視察くらいさせなさいよ」

「一理あるけど……そんなの大名行列組んで、行けば良いでしょ」

「やだ! もっと気軽に行きたい!」

「それをワガママっていうんだよ?」


 あーなんか人が集まってきた。

 こら、そこの人「姫魔女漫才始まったぞぉ!」と客を集めないで。

 またリリカさんに、職場荒らしと言われちゃう!


「ワガママじゃないわよ? だって、王都に縛り付けられているのって、私だけじゃん」


 そうだっけ? 数えてみよう。

 私、ミリィちゃん、リリカさんの神出鬼没同盟は、まず省くでしょ。鍛冶屋のソフィアさんは向こうに移転してるし、宿屋のナナリーさんも支店を持って、行ったり来たり。吟遊詩人のエリーゼさんも、さすらいの人。聖女リオンちゃんは、鳳ちゃんに乗ってゴー。高級娼婦のベルリエッタさんは、プレイヤーに混じって冒険してる。服飾協会長のシフォンさんは、あの剣技ならどこでも行けそう。

 ……あれ? 本当だ。


「でも、お姫様ってお城にいるものでしょ?」

「じゃあ、ここにいる私は誰」


 そっか、脱走常習犯の不良姫だった。

 ここで考えもなく「じゃあ、乗せてってあげようか?」なんて、言ってはいけない。

 生真面目な聖女様と違って、この人は味を占めると、しょっちゅうタクシー代わりに使われるのが目に見えている。


「それに最近はさ、第二ロットで入ったプレイヤーたちもレベルが上って、炭鉱町か山の方でレベル上げしてるじゃん。王都はだいぶ人が減ってるのよ」


 うん……。豆まきイベントの時が大盛況だったから、余計に寂しく感じる。

 まだまだ、売買の露天は王都なイメージだけど、それ以外はね。プレイヤーに大号令をかける快感を知ってる人には、ちょっと辛いかも。


「だからここは、格好良くペガサスかなんかで降り立ちたいわけよ。……ユーミ、ペガサスのいる所を知らない?」

「知らないよ。……それに、仮に居場所を知っていても、ジュリア姫は馴致できるの? 私は【猫に好かれる】、リオンちゃんは【鳥使い】のスキルが有るけど、ジュリア姫のスキルって何よ?」

「…………ぼそぼそ」

「何よ、聞こえないよ」

「だからっ【チアガール】だって言ってんの!」


 なるほど! だから、あんなに煽動が上手いんだ。

 だけど……そのスキルじゃあ、とてもペガサスはテイムできないのでは?


「解ってるから、あんたに相談してるんでしょ!」


 どうしてそこに、期待値が有ると思うのよ!

 私のスペルブックを捲っても、【テイム】の魔法なんて出てこない。普通に馬に乗れば? とも思うけど、途中の道にモンスターが出るしなぁ。

 戦闘技能も皆無のお姫様には、ちょっとオススメできない。

 残念ですが、他の人に当たってみて下さい……。

 そう言って去ろうと思ったら、ガッシと肩を掴まれた。


「……他の誰に頼れと言うのよ?」

「う~ん……蒔田ワールドデザイナーさんとか?」

「訊いてみたけど、『自分たちで何とかしよう』と、断られたわよ。……妖精はくれたけど、それだけでしょ」


 キラキラとゴージャスな妖精さんが、肩の所で腕組みして頷いている。

 豆まきイベントの戦利品だね。

 たしかに、私のキラくんは、ほんの成り行きで手に入っちゃったものだし、リオンちゃんの鳳ちゃんも、探しに行って見つけたのをテイムしただけ。ちょっとラスボスだったりしたけど……。


「両方ともあんた絡みなんだから、真面目に考えてみなさいよ!」


 横暴だ! 権力の乱用だ! と、口では言うけど……。

 まあ、確かに一人、他の街に移動する術が無いのは可哀想だね。

 少し真面目に考えよう。


 移動できれば良いんだから、別に空を飛べなくても問題はない。だって、空を飛んで移動できるのは、私とリオンちゃんだけだもの。

【帰還】の魔法は有るけど、あれは直前にセーブした、セーブポイントに移動するもの。帰りの足にはなっても、行きの足にはならない。


 さて……どうしたものか?


 頭から湯気が立つほど、考えてみる。

 ……そんな都合の良い方法なんて、有るわけないよね。

 じゃあ、そういうことで。

 帰ろうとする私は、またジュリア姫に捕まえられて睨まれる。

 もうっ! 物理的にも、魔法的にも無理なんだから、諦めてよぉ……。


 ほとほと困りかけた私の視界の隅に、緑色の目がキランと映った。

 あ……シャム猫。

 ベルリエッタさんの所のアメールくんだ。

 着いておいでと、尻尾を振ってる。

 ワガママ姫より、楚々とした高級娼婦さん!

 私は寝ているシッポナを抱き上げて、後を追う。


「あ、コラ逃げるな!」


 と叫ぶ姫は、スカートを摘んで追いかけてくる。キラくんや、目が覚めたら、面倒でもその姫を乗っけて追いかけて来ておくれ。……放って置くと、後で五月蝿いから。


 街の中を私の速度に合わせて、アメールくんは駆け抜ける。

 赤い屋根の娼館に行くのかな? と思ったけど、その手前で大きく迂回した。

 裏路地をグルっと回って……危ない! そこは石壁だよ!

 ヒョイッと飛び込んだシャム猫は、石壁の中に消えた。

 私はその手前で、おっかなびっくり手を伸ばしてみる。……あ、隠し通路だ。

 意を決して飛び込んでみると、そこは木造り(に見える)小屋の中だ。

 柱に凭れていた真っ赤なドレスのベルリエッタさんは、ご苦労様と腕の中のアメールくんを撫で、チーズをあげている。

 シッポナは羨ましそうな顔をしないっ。君は昼寝しかしてないでしょ!

 遅れて、天井からキラくんが降ってくる。その背中から転げ落ちた姫様は、はしたなくもペチコートの花を咲かせてしまった。


「通れるなら、先に言いなさいよ! 石の壁にぶつかるかと、肝が冷えたわ」


 喋れないキラくんに、無茶言わないでよ。

 本当に勝手なんだから……。


「ジュリア姫も、あまりユーミさんを困らせちゃいけませんよ」

「ベルリエッタ……ユーミを呼んだのは、あなた?」

「そうよ。……ワールドで話すのは初めてね。お噂は、かねがね」

「あなたも、普段はプレイヤーに混じって遊んでいるとか?」

「ええ……だって高級娼婦としてプレイしたら、成人指定がかかっちゃうもの」

「それは確かに……」


 うーん……中の人の話になるけど、ご令嬢な冬月美涼ふゆづき みすずさんって、ギャルな高城ジュリアにとっては、優等生女優の佐伯夏姫さえき なつきちゃん以上に相性が悪い気がする。

 平穏無事がモットーの私としては、すぐに間に入っちゃう。


「それで、ベルリエッタさんはどうして私を呼んだの?」

「いつもリオンのわがままを聞いてくれているから、お礼にユーミさんの悩みを解決してあげようかと思ったの」

「私の悩みって、これ?」


 つい、ジュリア姫を指差してしまう。……やっぱり怒られた。


「人を指差すな、ユーミ。ベルリエッタはペガサスでも飼ってるの?」

「まさか……それなら、先にリオンにプレゼントしてるわ」


 私たちの言い合いを楽しそうに笑いながら、ベルリエッタさんは小屋の隅に置かれた物のカバーを外す。

 これって……スタンドミラー?


「そう見えるけど、ちょっと違うの。……スタート時に貰ったアイテムなんだけど、『どこでもドア』というか、『旅の扉』というか……」

「これを通って、別の街に行けるの?」

「ええ……。炭鉱の町はもちろん、まだ拓かれてない町にも全て行けるわ。私も帰り道に、重宝してるのよ」

「あんたが意外に神出鬼没な理由は、これなんだ」

「そういう事。……ペガサスの代わりくらいには、なるでしょう?」


 ひょいと、ベルリエッタさんの腕の中から飛び降りたアメールくんが、鏡の中に飛び込む。一瞬、ふわっと虹色の光が広がり……また元の鏡に戻った。


「アメールくん、行っちゃったけど大丈夫なの?」

「あの子は独立心旺盛だから、気が済んだら帰って来るわ」


 ベルリエッタさんは、涼しい顔。

 アメールくんは実に猫っぽいな。見習いなさいよ、武闘派の家猫!


「ずるい! 何でみんなそうやって、プラスアルファのアイテムなんかを持ってるかなぁ?」

「ジュリア姫、セリフがリオンちゃんと同じだよ?」

「うるさいよ、ユーミ。今度、蒔田さんに抗議してやる」

「ふふふっ……ジュリア姫だって、お城や家臣、騎士なんかを持ってるじゃない」

「それ、便利アイテムと言える?」

「使い方一つだと思うわ。……そういう方面だと、ユーミさんは天才的」

「そうかなぁ……」


 この人に褒められると、なんか嬉しい。

 えへえへしてる私をひと睨みして、ジュリア姫は早速鏡に飛び込んだ。


「じゃあ、ちょっと試してみるわ!」


 ああ、良かった。これでしばらくは、大人しくしてくれそう。

 虹色の光を見送って、ほっと安堵した。


「ベルリエッタさん、ありがとう。本当に助かったわ」

「どういたしまして。……ユーミさんはいつも大変ね」


 そう微笑んでから、ベルリエッタさんは天井を見上げて首を傾げた。


「でも……ジュリア姫は上から落ちてきたわけだけど、ここの場所と出入り方法を解っているのかしら?」

「ああっ!」


 私は頭を抱えた。

 絶対に解ってないよ。あの人、高い所が苦手だから、空を飛ぶと方向転換の時以外は、目を瞑っちゃうもん。

 ……良くそれで、ペガサスが欲しいとか言ったな? あの、見栄っ張り!


「ちょっと、探して連れ戻してくる!」

「いってらっしゃ~い。本当に苦労性ね」


 お淑やかな笑みに見送られ、私は杖に腰掛けて空に舞い上がった。

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