空を自由に飛びたいな?

「ユーミちゃん。それって見つかったら怒られるよ?」


 中央広場でお店を広げてる私を、プレイヤーの皆さんが口々に心配してくれる。

 え? ただのダルマ落としの玩具だよ?

 木工スキルをアップしようと頑張ってるけど、工房を持てない私には作れるものが限られているのだ。

 他愛ない玩具だけど、私なりに売れる工夫はしてある。

 ……その部分を、みんなが心配してくれてるわけなんだけどね?

 ふふん。授業中に教科書の隅に描いてた、先生の似顔絵には定評があるんだよ。


「あんた……なかなか良い度胸してるじゃないの?」


 え……まさか……。

 ギギギと機械人形のように振り返ると、腕組みをして睨めつけるお姫様が一人。さっき、お城からの脱出失敗で捕まってたよね?

 プレイヤーさんたちが『あちゃー』という顔で、天を仰いだ。


「ユーミはいったい、何を売ってるのかな?」

「だるまおとしだよ……かわいいおもちゃだよ……」

「ひらがなで喋ってるってことは、自覚が有るのよね? この一番上のは、ダルマの顔じゃないわよね?」


 そこが私なりの、売れる工夫なのに……。

 わかって欲しいなぁ。


「ダルマよりかわいい……どこかの、おこりんぼのおひめさまのかおだよ?」


 ジュリア姫の眉が吊り上がる。

 ほら、その顔! 見て見て、そっくりでしょ?


「全部没収!」


 ああっ……そんなご無体な。せっかく作ったのに……。

 人の商品を全部没収して、ジュリア姫は帰ってゆく。

 プレイヤーのみんなは大爆笑してるけど、仕込みのネタじゃないもん!

 本気で商売してたのに……。

 いいや、この不満は聖女様を愛でて、癒やしてもらおう。

 プレイヤーさんの屋台で、生クリームとフルーツのクレープを二つ買って、神殿に向かう。

 真面目で勤勉な聖女様には、甘いものを貢ぐよ。

 意地悪姫には、べぇーだ。


 相変わらず、行列している信者ファンの面談に追われているリオンちゃんを、強引に呼び出しちゃう。

 こうしないとこの娘は、ずっと生真面目に面談してるんだよ。

 差し入れのクレープを、嬉しそうにぱくっと。

 キウイっぽいフルーツを摘んで差し出すと、肩に留まったシマエナガとカワセミが、代わる代わるに啄んでる。尊いくらいに可愛い眺めだ。

 おっと、いつの間にか加わった白い鳩も、仲間に交じる。


「鳩が増えてる……」

「うん。この娘を使って、ベルとお手紙のやり取りしてるの」


 ベルとは、この娘の事務所の先輩でも有る、謎な高級娼婦、ベルリエッタさんのこと。

 メッセージは送り合えるのに。と思うけど、お手紙でやり取りする所が良いらしい。何とも女子校チックなコミュニケーションだね。


「そう言えば……ユーミは知ってる?」

「ん? なにか面白い話?」

「怖い話だよ? さっきから来る人、来る人、その話なの。……この王都のあちこちでね、謎の火の玉が目撃されてるの。 屋根の高さくらいの所で、ポワっと。私……お祓いした方が良いのかな?」


 怖がりだけど、真面目なリオンちゃんが眉を顰める。

 ああ……それは、思い当たる節があるなぁ。


「お祓いなんかしたら駄目だよ、可哀想!」

「あれ? ユーミは何か知ってるの?」


 つい格好をつけて、言ってみる。

 決めポーズ付きで。


「魔道士ユーミ、探偵さ! 真実はいつも、ひとぉつっ!」


 リオンちゃんも好きらしく、しばらく恒例の春の劇場版の予想で盛り上がっちゃう。

 ……はいはい。謎の火の玉の犯人ね。


「それはきっと……明るい所では、姿の見えない娘の犯行よ」

「明る所では見えないって……あ! 幽霊のミリィちゃん!」

「絶対に、そう。……最近あの娘は、魔法の練習をしているの。キャラ設定上、街の中しか移動できないから、邪魔にならないように、高い所に浮いて練習をしてるのよ」

「それは……お祓いしたら駄目だぁ!」

「絶対にやめてよぉ、聖女様にお祓いされたら消えちゃうかも……」


 いきなり、声がしてびっくりした。

 いたの? ミリィちゃん。


「うん。クレープが美味しそうだから、広場からついて来た」

「言ってよ! びっくりするじゃない」

「幽霊は、驚かせてナンボだもん」


 カーテンを半分だけ引いてあげると、エプロンドレスの美少女幽霊登場。

 ふわふわ浮いている女の子に、クレープを差し出したら、パクっと食いついた。

 君はリオンちゃんのシマエナガや、カワセミと同類かい?


「だって見えないから、買い物するの大変なんだもん。リオンちゃんにも会いたかったし」


 リオンちゃんに手を振って、笑い合ってる。

 この取り合わせは珍しいかも。私とミリィちゃんは、年末のステージイベントを共にした盟友として、更に仲良くなってるんだよ。

 あの時は頼りになったよ、ステージ慣れしたミリィちゃん。


「いいなぁ、ミリィちゃんも空を飛べるんだ。どのくらいの高さまで行けるの?」

「都市の壁の高さまで。でも、街からは出られないの。……別の町の中には出没するけど」


 この間、炭鉱町に現れて、みんなをびっくりさせてたっけ。

 フィールドにも現れる神出鬼没キャラは、私とリリカさん。どこまでも飛んで行けちゃうのは、私だけ。いろいろ制約があるんです。


「いいなぁ……私も空を飛べるようになりたいな。鳥さんと一緒に」

「リオンちゃんのスキルは【鳥使い】でしょ? リオンちゃんが乗れるような鳥さんをテイムしたら、好きに飛べるんじゃない?」


 リオンちゃんの呟きを、さらっとミリィちゃんは加速させる。

 その手があったね……。

 輝く笑顔で、私を見つめる。

 十人のコンパニオン・プレイヤーの中でも、一番真面目に働いてる娘だもの。そんな目で見られたら、応えないわけにはいかないよ。


「じゃあ、探しに行こうか? ロック鳥とか大きいし」

「怖いのは嫌ぁ……可愛いくないと」

「はいはい……気に入る子がいれば良いね」


 窓を開けて、キラくん……あ、ウチのキメラくんの名前。ジュリア姫には呆れられたけど、ちゃんと名前つけたもん。そのキラくんを窓辺に呼ぶ。

 おっかなびっくりのリオンちゃんをその背に乗せ、なるべく尻尾のヘビは隠すように厳命して、空を飛ぶ。

 私はもちろん杖に乗って。魔女ですもの。

 お見送りのミリィちゃんに手を振ろうとしたけど、見えない……窓開けたし。

 ぐんぐん上昇して、街の壁を超える。


「わぁ……」


 眼下に森を越え、鉱山を飛び越える。

 釣りや、辻ヒールして遊ぶのに草原までは来たけど、ここまでの遠出に連れ出すのは初めてだったね。

 リオンちゃんを乗せられて、なおかつ可愛い鳥さんの心当たりは無いから、まだ見ぬゾーンにまで足を伸ばすしか無いじゃないか。

 リオンちゃん好みの可愛い子が、見つかれば良いけど……。

 接近してきたワイバーンは、【極雷撃ライトニング・スマッシュ】で撃ち落とし、強敵ドラゴンさんには【忘却フォゲット】の呪文をかけて、私たちを見なかったことにしてもらう。


「ユーミって、本当に強いんだねぇ」

「聖女様が何を言ってるの。リオンちゃんも本気を出すと、このくらいいけるかも」

「そ、そうかなぁ……」


 そんな風に、気持ち良く空を飛んでいるのに。

 何だかモヤのようなものにぶつかって、それ以上先に進めない。

 何なのよ、これ!


「ユーミ……ゲームのタイトル」

「って……あ。『シールド・キングダム』!」


 そう、封印された王国だった。

 封印されて、切り取られた国だから、行ける範囲に限界があるんだった……。

 自分がチート気味に進めるキャラだと、忘れていた。

 仕方ない。高度を落として、このモヤに沿って回りながら探してみようね。


 ロック鳥がいたけど、やっぱり猛禽類は怖いらしい。

 アンデッドガルーダは……聖女様に相応しくないからなぁ。

 あの辺はどうだろう?

 雲の上に突き出た山を、目指してみる。


「あ……ユーミ、あの子可愛い!」


 リオンちゃんの指差す方を見ると……おお、孔雀みたいな尻尾を持った、赤い金属質の輝きを放つ鳥が飛んでる。ちょっと神々しい感じで、リオンちゃんに似合うかも。

 結構強いみたいで、キラくんがビビりながら近づいてゆく。

 シッポナが飛びかからないように、しっかり押さえとかないと。この娘は怖いもの知らず過ぎる。

 向こうも、こっちに気がついたみたい。

 ちょっと目付きが悪いんだけど……大丈夫かな。


「お友達になりたいの。……お願い」


 好みの鳥さんらしくて、リオンちゃんが輝くような笑顔で語りかける。

 この穢れもない好意の眼差しに、抗える生き物がいるだろうか? ……いや、いない。


 大きな赤い鳥さんは、リオンちゃんを咥えて、自分の背に乗せてくれた。


「ありがとう!」


 リオンちゃんが、頬ずりせんばかりに抱きしめる。

 嬉しそう!

 さあ、街に帰ろうね。

 シフォンさんに足輪を作ってもらって、ペット登録しないと!


 もちろん、リオンちゃんが乗れる大きさの鳥さんを連れて帰れば、大騒ぎになる。

 まっすぐ服飾協会の館の前に降りて、シフォンさんを呼んでもらおう。

 別のゲームにいたらしく、ちょっと待たされた。

 その間にもプレーヤーさんは集まってくるし、みんなで鳥さんにデレてるリオンちゃんの可愛さをSS撮影してるし……。

 ようやくドアが開いて、現れたシフォンさんは、リオンちゃんの連れてる鳥さんを見て愕然としていた。

 その反応に……今更ながら、背中に冷たい汗が伝う。

 ひょっとして、また大失敗してしまったのかも……。

 大きな溜息を吐いて、シフォンさんがやっと言葉を紡いだ。


「これ……本当にペット登録しちゃって良いのかしら? 蒔田さん、どういう判断?」


 ええっ……蒔田ワールド・デザイナーさん案件なの?

 リオンちゃんはキョトンとするし……。

 でも、現れたのはヤンバルクイナのぬいぐるみじゃなくて、信楽焼の狸さん。

 確か、チーフエンジニアさんのアバターだったような……。


「ごめん、シフォンさん、リオンちゃん。もうちょっと待って。今、蒔田さんがプロデューサーさんと折衝中です」


 さすがに、集まったプレーヤーさんもざわついている。

 ぷ、プロデューサー案件……ヤバいかも……。

 不安そうな顔をしなくていいよ、リオンちゃん。何かあったら、私が責任を取るから。

 その覚悟はした方が、良いのかも……。鳥さんや、君はいったい何者なの?

 落ち着かない気持ちのまま、更に十五分。

 ようやく、ヤンバルクイナのぬいぐるみが、ひょこっと出てくる。


「リオン、ユーミ。そんな不安な顔をしない。あなた達の暴走は、全部受け止めると宣言したでしょ?」


 リオンちゃんに笑顔が戻って、場の緊張感も緩んだ。

 シフォンさんも、お疲れ様って顔。この人って、運営さんに近いのかな?


「状況を説明するね。……リオンちゃんがテイムしてきちゃった、この鳥さん。実はラスボス予定のキャラだったりします」


 とんでもない告白に、どよめくどよめく。

 君はラスボスだったのか……道理で強そうだし、目つきも悪いと思った。

 リオンちゃん以外には、ガンを飛ばしまくってるからね。


「イビルフェニックスと言って、この世界を封印した存在……の筈だったのよ。鳥さんだけど、まさか神殿に鎮座ましましているはずの聖女様が、ラスボスの所へ行っちゃうなんて、想定外にも程が有るでしょ!」


 大爆笑だけど、本当に有り得ない事態が起きちゃったんだね。

 もっぱら、私のせいだけど……。

 リオンちゃんて、鳥類相手なら無敵のキャラだから。


「ユーミも、そんな顔をしない! 想定外だけど……面白過ぎちゃって、運営の事務所でも大爆笑してるのよ。Pとの話も、その後をどうフォローするかって、それだけだから」


 安心しちゃって……良いのかな?


「あくまでもラスボスと考えて設定しただけで、まだプレイヤーは、当分そこまで辿り着けないんだもの。スタッフには悪いけど、ラスボスは新規に考えてもらう事になりました」


 信楽焼の狸が、しょげてる。

 あはは……申し訳ない。


「だから、その子もイビルフェニックスが、聖女様に改心させられたフェニックスに設定変更します。で、リオン……その子、何色が可愛いと思う?」

「え? えーっと……薄いオレンジ色、かな?」


 途端に、改心したフェニックスくんは、薄いオレンジ色に変わって、目つきが良くなった!

 リオンちゃんが嬉しそうに抱きつく。……尊い眺めだ。

 シフォンさんが呆れつつも、金縁の白い足輪をはめてあげる。これでリオンちゃんも、お空の散歩ができるキャラになりましたとさ。


「こっちもいろいろ、飽きない世界になってきたわね」


 何だか楽しそうなシフォンさんに、私も笑顔を返した。


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