66.愛情なんてやっぱり呪いだ。
どうしてか平常心をガリガリ削られていく私に反して、余裕たっぷりな
「問題が無いなら付き合ってもいいって事か?」
心臓が跳ねる。その刺すような痛みで、既に早鐘のように脈打っていたのに気付いた。
呪われたように目を逸らせない。離れようと座り直したいのに、
「そ、そんな消極的な動機で、いいのかな。お前はずっと、真剣だったのに……」
「お前だって一生懸命考えての答えだろ? それまでの価値観を変えてでも俺と向き合ってる」
「それは、お前が教えてくれたからだよ。今までの私は、人の話を聞かなかったから……」
「最大の長所でもあるだろ。俺はお前のそういう所が好きだぜ」
堪らず持ち上げた右手の甲で口元を隠し、目を逸らした。
何か決定的なミスを犯した気がした。後ろめたさみたいなものに喉を絞められるような苦しさを覚える。
「……困らせないで。喋れなくなる」
自分の声が消えそうなぐらいに小さい。コントロールが出来ていない。
「別にいいだろ。以心伝心なんだから。お前もそれで、問題無いんだろ」
何で私だけこんなに取り乱してる。
分からない。
息が止まる。
掴まれていた右手を下ろされた。
私の前髪が、
「散々お預け食らったんだから言ってくれてもいいだろ? 俺が好きってよ」
心臓の音以外何も聞こえなくなって、今が何時なのかも分からなくなった。
「なっはっは」
いつの間にか
「冗談だよ。お前押しに弱過ぎるって」
「……え?」
「どうしたらいいか分かんなくなって応じようとしただろ。駄目だぞそんな安請け合いしたら」
「いや、だって……」
「だってじゃねえよ。罪悪感でオーケー貰っても困る」
「改まって話し出すから何言われるのかとビビったら。真面目過ぎだよ。恋愛よりやりたい事あるから無理って言えば済む話だって。振るのが申し訳無いから合意しようとするってマジ……! 支離滅裂だぞお前? 優し過ぎ。
気に障る事を言われぼうっとしていた頭が冴える。
「……その言葉は嫌いだ」
「でも事実だよ。今の態度見たら全員がお前の事お人好しって言う。あんなに頑固なのに相手の為にあっさりその思想を捨てるって。出会ってまだ一ヶ月も経ってないのに」
「気持ちに時間は関係無い」
「だな。でないとお前も、
いつの間にか引いていた顔の熱が、僅かにぶり返して来る。
「もう動じないからな。馬鹿にして」
「本気だよ。振られたショックよりその芯の強さに惚れ直してる」
「もういい。この馬鹿。じゃあこの話はもう終わりだからな。帰る」
立ち上がった。もう
「因みに友達からなら問題無いっていうのは何の遠慮も無い本心なんだよな?」
釘を打たれたように足が止まった。
見たい訳じゃないが、どうしてか視線が
頬杖を突き、こちらを見上げて笑っていた。それは余裕たっぷりにニヤニヤと。
「あれを言ったタイミングでは俺はまだゴリ押ししてなかったし。って事はつまり、お前は男に言い寄られた程度で意志を曲げるような
「だから、無謀だからやめろって言ってるんだろ。もし私が恋だの何だのしてみろ。自己の否定だ。そいつの事しか考えなくなるなんて、望む生き方と逆行してる」
「へえーデレデレになるんだなあ。薄情なぐらいの博愛主義でお兄さんも
「あのなあそんな性格の奴が世間なんて知るかってぐらいになるんだぞ。視野狭窄に陥って当たり前……」
イライラと返していた言葉が詰まる。
致命的なミスを犯したと気付く。
失せたばかりの顔の熱が最高温度になって襲いかかって来る。
当然
「立場も
過去一死にたい気分になった。
生きてて最も酷い口の滑らせ方をした。
ああでも、そうだ。
そもそも出会って一ヶ月も経ってない相手に、十年一緒だった
愛情なんてやっぱり呪いだ。
これが恋だと言うなら神経毒の間違いだ。
正気を砕き破滅へ至る、死すら招きかねない猛毒。
それでも逃げないと決めたから、精一杯意地を張って
そう簡単に折れはしないが、お前の所為で折れるなら悪くないとも
「……ああそうだよ。性懲りも無くかかって来い。一生ってぐらいあしらってやる」
「一生付き合ってくれる気でいるなんて嬉しいな。ああ必ず惚れさせてみせるぜ。今度はゴリ押しせず、正々堂々な」
「あー勝手にしろ。もうどんな目に遭っても沈黙したりしない。全部に向き合うって決めたんだ。ファミレス帰って一人で飯でも食ってろ」
今度こそ出て行こうと歩き出した。
公園の隅に植えられている木に止まっていた烏と目が合う。その烏はスマホを
「……えっ?」
間抜け面で声を漏らす私に、烏は嫌らしく目を細める。
「カァ。おーい青春だなあ
烏はそう言うなり翼を広げ、「いいもん録れたから
いやそんなんどうでもいい。
遠ざかっていく
「こんなんで焼肉奢ってくれるなんて
「おォい止まれいい加減にしろどいつもこいつもぶっ殺すぞ!!」
全速力で走り出した。偶然夕陽に向かう格好で。
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