65.「絃ちゃんに試されてたのは俺だけじゃないって事だ」


 度胸が無いのでまだ目を開けられない。


「い、いい奴だと思ってます。非常に……。よくも悪くも裏表が無いし、誠実だし、意志を曲げないし……。正直当初の予定通り、いとと結婚して欲しいって思ってます……」


「それは無理だな」


 つい天地あまちから距離を取ろうと上体を横へ傾ける。


「ハイ! サッセン! でも私には余りに勿体無いので……」


「つまり不釣り合いと思ってるだけで付き合う事自体は嫌じゃないって事か?」


 どんどん上体が傾く。


「嫌いでは無いからという理由で合意するのは不誠実な気がしますがハイ……。拒否する理由は無いです……。いやでも私この通り頑固者ですし、いとに呆れられるぐらいのお人好しですし、もし交際する事になっても絶対、あなた様を一番に考えての行動は出来ないんです、いや、したくないんです……。だって下らなくないですか? 愛とか聞こえのいい言葉で自分の行いを全肯定して、平気で他者を軽んじるなんて。我が儘です。誰かの為って嘘で固めた保身です。自分がその人と幸せでいたいが為の独善です。そんな事してまで優先された相手の気持ちを、まるで考えてない。嫌いなんですよ、愛する人と世界の平和を平気で天秤にかけるヒーロー映画。そんな甘い覚悟で赤の他人に手を差し出すな。遊び半分で英雄を名乗るな。誰かを救うっていうのはそんな簡単な事じゃない。自分の全てを懸けても果たせるか分からない絵空事だ。だから誰しも見て見ぬ振りをするし、普通とは冷たくて世間とは薄情だ。口先ばかりの賞賛で自分の無力を許された気になってる奴らだらけの世界で、愛だの何だのを本気で語るなら、全身全霊を懸けろ。私はっくに懸けてる。他には何も要らない。本当に好きな人に笑顔でいて欲しいなら、誰を見捨てるかなんかじゃなくて、その身を削ってでも何をどう守るか考えろ。蜥蜴とかげの尻尾切り考えてる時点で三流だ。お前の愛情とやらはただの保身だ。そんな奴らと同列扱いなんて死んでもされたくないから、何度憂鬱になる事があろうと私は、死ぬまでこの生き方を曲げない。……ああ、ごめん天地あまち。やっぱり私じゃ釣り合わないよ。絶対にお前を大事に出来ない。誰であろうとだ。困ってる人を見たら、最優先でそっちに行っちまう。お前の事なんか綺麗に頭から抜け落ちて、何とかしてやるまでその人から離れないんだ。そんな不誠実な事、無いよ」


 上手く喋れただろうか。自信が無い。


 でも言う事が無くなってしまったし、沈黙に耐えられず目を開ける。


 上体はもうベンチに接するギリギリまで倒れていて、片手を着いて持ち上げた。


 途端天地あまちと目が合う。


 起き上がった所の私の顔を覗き込むように身を乗り出して待ち構えていて、つい息を呑んだ。


 近いのもあるが表情が無かったから。何を考えているのか全く分からない顔で、じっとこちらを見ている。


 いい加減怒らせたかもしれない。いや、その方が天地あまちの為だ。目を覚まして貰った方がいい。


 ああいやでも、謝ろう。また私、幾ら譲れないからって、人の気持ちをねた。


「あ、天地あまち、あの」


「何でさっきからそんなおどおどしてんだ?」


「な、何がでしょう?」


「自分の気持ちを話すのって別に、恥ずかしい事じゃねえと思うんだけど」


「いやっ、私あの、あんまり自分の意見を口にした事が無くて……」


「それは、いとちゃんとかお兄さんとか、周りを気遣って来たから?」


「ハイ、ええ……。ただでさえ何かと気遣われる境遇ですから、心配かけまいと……。神管しんかんとしてとか、侍女としての仕事中なら全然、普通に喋れるんですけれど……」


「うん。話せてた。じゃあプライベートでのお前って、それが本来?」


「いやそんな事無いっすけどあの……。ハイ。気恥ずかしくて滞ります。一個人についての話をするのは、慣れてなくて……」


 天地あまちは目を丸くすると、ふっと笑った。


「そっか。可愛いな」


「かっ……」


 声が喉に引っかかった。


 咄嗟に何か言おうとしたが自分が何を言おうとしたのか分からない。


 天地あまちはにかっと笑う。


「心配ありがとよ! でも大丈夫だ。俺はお前のそういう所に惚れたからな。男に言い寄られた程度で崩れてたら興醒めだったよ」


「えっ? あ、あんだけグイグイ来てたのに?」


いとちゃんに試されてたのは俺だけじゃないって事だ」


「えっ?」


いとちゃんはお前も気にしてたんだよ。頑固な上に自分を大事に出来ないから、もし立場やしがらみを無関係を自分を思ってくれる人が現れた時、ちゃんと向き合えるのかなって。ちゃんと考えてくれて嬉しかったよ」


「ちょ、ちょっと待ってくれよ。何が何だか……」


「つまり何の問題も無いし俺はお前が好きって事だ」


 また例の自信満々な笑みで言われた。


 散々あしらって来たのに顔が熱い。目が回りそうになる。



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