64.「呼吸と同じだから分からない」


「ごめん。さっきは言い方が悪かったかもしれない。お前の事、決して嫌いでは無いんだ。ただ、自分について考えた事が余り無くて……」


 膝の上で組んだ両手を見つめて、言葉を探す。


 そのまま沈黙してしまいそうで、空き地みたいな園内へ目を戻した。


「私の為にしてくれた行動については、感謝より動揺が勝ってた。何でそんな事するんだろうって、分からなかったんだよ。でも、そんな理屈っぽい事じゃなかったんだな。誰かを好きになるって。〝禍時まがつとき〟から始まったあの一件で初めて知った。それでもお前に気が無いのは、私の性格の所為だよ。私がやりたい事って、困ってる誰かを助けたい事だから、特定の個人に気持ちを傾けるっていうのはそれに反する。金閣寺を壊した件も、私がいとの侍女で在り続けた理由も、私を思ってあの一件を起こしたお兄ちゃんの気持ちをねたのも全部、それが正しいからだとか可哀相だったからじゃなくて、私がそう在りたいからだった。自分の生き方を曲げない為に意地を貫いた。周りの心配も愛情も押し退けて、気持ちを伝える事すらしないで。……酷い奴だよ。やってる事は周りの為になる事ばかりなのに、その内心とは独善的だ。自分の願いを叶える為なら、何がどうなろうと知った事じゃない。掴もうとしている結果が綺麗だから見え辛くなってるだけで私とは、東海林しょうじを言えないぐらいの我が儘だ。もし神管しんかんと無縁の人生を送ってたとしても、この価値観は決して変わってない。今までの生き方で答えが出てるし、自分でも分かってるんだ。もし侍女になる相手がいとじゃなくっても、私は同じ事をしたって。いとと同じぐらいの親友になれるかは、また別の話だけれど。でも、誰かに好かれた事を理由に、この価値観を変える気にはなれない。誰の所為でもお陰でも無く、自分で決めた事だから。好き嫌いぐらいでいちいち変えてたら、自分なんていなくなる。そんなのは嫌だ。絶対に」


 貸したポケットティッシュで顔を拭い終えた天地あまちは私を見る。


「……前々から思ってたけれど、何でそんなに優しいんだ?」


 困って前を向いたまま笑った。


「優しいかな。私にとっては呼吸と同じだから分からない。理解も必要無いから説明する為の言葉を探して来なかったけれど……。共感性が強いのかな。困ってたり悲しんでる人の顔を見ると、それが自分に起きてる事みたいに感じて放っておけなくなる。優しいって言われるのも、本当は嫌いなんだ。私にとっては当たり前の事が出来ない、口先だけの賞賛に聞こえてしまって。でもこれも、我が儘なんだよな。いつも言ってくれる人達に悪意は無い。凄い事だって、素直に褒めてくれてるだけ。だってのにそれを言われる度に、自分を否定されてる気分になってる。普通の人間とはもっと薄情で、世間とは冷たくて、だってのにそんな事をしてる私とは、やっぱり普通じゃないって。なら私って最初から、おかしい奴だったのかな。どんな人生だったとしても性格がこうだから、この息苦しさは変わらないのかなって。でも、普通なんて自分の事しか考えてない奴にもなりたくないから、結局この生き方を変えられない。変えたくもない。普通じゃ出来る事が、せま過ぎる。めんどくさいだろ私。褒められてるのに傷付くなんて。いとにまで異常だって言われた時は、本当に悲しかったな」


 笑いかけたのに、天地あまちは応じなかった。ただ、凄く悲しそうな顔をしていた。


 そういう顔をする人を見たくないから、私は余り本心を口にしない。誰かを困らせてまで言いたい事なんて多くない。


 だからどう思われようと知らないし、言った所で伝わらないんだろと、ずっと黙って来た。そしたられ違いが生じて失敗した。


「でもお前を見て、小さな問題なんだなって思ってんだ」


 天地あまちは目を丸くする。


「俺?」


 つい笑った。


「だってお前、何で私に対してそんな事するんだって何遍なんべんいても、『お前が好きだからだ』しか言わなかったじゃないか。そんな繰り返したら信憑性失うのも考えないで」


 本当に考えていなかったらしく、天地あまちはおろおろと意味も無く手を動かす。


「え、だ、だって、それしか無いから……」


「それでも伝え続けられるのが凄いんだよ。尊敬する。私だったら折れる以前に伝えられてない。自分で言うのもなんだけれど、〝禍時まがつとき〟の日だけで何遍なんべんあしらったか覚えてないよ。それでも曲げないって事は本当に、私が好きなんだなってよく分かった」


「でも付き合わないんですよね……」


「うん」


「何でだ……」


 また鼻水垂らして泣き出しそうな顔になったので間髪入れず答える。


「お前は私を美化し過ぎてるから。まだ言えてない事があるぞ。私はめんどくさい上に陰湿だ」


 天地あまちは不満そうに眉を曲げた。


「そうかな。人並みだよ」


「私お前が許嫁候補として現れた時、マジで鬱陶しく思ってたぞ」


 ショックの余り跳び上がる天地あまち


「エェッ!? 何で!? いきなり求婚セットの告白したから!?」


「思い当たるんなら何であんな挨拶し……。いや今はもういいけれど。私も最初はそう思ってたけれど、〝禍時まがつとき〟を迎えた時に違うって気付いたんだ。その、いとがお前について話してる時に……」


 つい目を逸らした。膝の上で組んでいる手を、意味も無く組み直す。

 

 天地あまちは不安そうに顔を覗き込んで来た。


「話してる時に?」


「ああ、いや……」


 身を捩って視線を避けてしまう。


 事前に話す事を決めてから出て来たのに、上手く言葉にならない。


 素直に喋るって何て難しいんだ。てか私の何がそんなに障害になってるんだ。自尊心か。自尊心だ。ええいもっと誠実になれ私は保身の為のプライドがたか過ぎる! カス!


 と奮起するが堪らず目を瞑って叫んだ。


「その、本当にみっともない話なんだけれど私、嫉妬したんだ……! いとがお前に、取られるんじゃないかって……。もし本当にいととお前が結婚する事になったら私、いとと一緒にいられなくなるんじゃないかって……。お前の事イケメンだって言ってたし、〝禍時まがつとき〟の時も私より速く神を捌いた事を褒めてたし、本当に、お似合いだなって。お前なら私よりずっと簡単に、いとを幸せにしてやれそうで……。今はそんな事、思ってないけれど。ああ、ごめん。こんな下らない事考えてて。でも私、お前が思ってる程立派な奴じゃないよ。自分の話も上手く出来ないし……」


 真っ暗な視界の中、天地あまちの声が尋ねる。


「今はどう思ってるんだ?」



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