63.「……ですよねぇ……」


「この前の〝禍時まがつとき〟にさあ。何でそんなに速く動けるし木刀一本であんだけの神を捌けるんだっていた時答えなかったのってもしかして、始末人として鍛えた力を転用してるだけだから?」


「そう。だから言える事が無かった」


「お兄さんが屋敷に現れた時も、全く戦力が落ちなかったのもそれが理由?」


「寧ろ絶好調だっただろ。神管しんかんとして持ってるものって知識だけなんだよ、私。一般人が始末人と神管しんかんの両立なんて無理無理無理」


「ちゃんと出来てるよ。お前って、やっぱりすげえ」


「自分を客観視出来る人はいない」


「だから俺が言ってる」


 何となく頼んだ無糖のアイスティーに伸ばした手が止まる。


 適当に入ったファミレスで向かい合わせに座る天地あまちは頬杖を突いていて、固まった私を見て微笑んでいた。悪意もからかいも無く、それは穏やかに。


 やって来た日から感じてたけれど、こいつはこうして、大人な顔を見せる時がある。


 その度に硬直する私は、何なんだろうか。


 天地あまちは笑みを濃くしながら頬杖をやめると、さっきまで齧っていたハンバーガーに手を戻した。


「久し振りに登校した気分はどうだった?」


 私はぎこちなくアイスティーを口に運ぶ。


「……何も無くて驚いたよ。今年の〝禍時まがつとき〟は例年より大幅に片付く時間が延びたのに、クラスの皆は全く普段通りだったから」


「〝禍時まがつとき〟の翌日はヤバかったぜ。怪我が軽い方だった俺と無傷で済んだいとちゃんは質問攻めだ。東海林しょうじは大事を取って二日休んでからの登校だったし、お前は〝禍時まがつとき〟以来今日が初めての登校だし」


 自分の眉がハの字になったのを感じた。


「悪かった。面倒だったろ。今日はお前、学校休んでたし……」


 天地あまちは大袈裟と言わんばかりに笑う。


「ちょっと疲れが出ただけさ。お陰でこうして放課後デートの約束を取り付けたんだからラッキーだよ」


「……片方が休んでた場合は成立しないんじゃ?」


 天地あまちは目を見開いた。


「えっ? マジ?」


「学校終わってそのまま出掛けるから放課後デートなんだろ」


「えっ? じゃあこれって、放課後デートじゃ、ない……?」


「一人じゃデートは出来ないし。てかそもそもこれデートじゃないし。告白の返事をしに行くから住所を教えろって連絡したのに、お前がファミレスで集合って言うから今ここだろ」


 天地あまちは急にもじもじし出す。


「いやだって、急に部屋来るとか言われても掃除してないし……」


「連絡したのは今日から三日前だし会う日時もお前に任せるって言ったよな」


「そ、そんないきなり言われたら緊張しちゃうって言うか……。だから慌てて返事しちゃったって言うか……」


「今更言うなもう集まってんだから意味無いわ。じゃあ伝えるけれど、私お前」


「アアッ!? 待て! まずは全部食ってから一旦外出るぞ!」


「どこで言おうが意味は同じだろうが。私お前のこ」


 デカい手で口を覆われ黙らされた。


 仕方が無いのでアイスティーを一息で飲み干し、大慌てでハンバーガーを食べる天地あまちを眺めてから会計を済ませると外に出た。ファミレスで集まった意味は何だったのだろうか。


 道端でいいのだが夕方という時間が悪い。帰宅ラッシュの走行音の群れで会話をするには賑やか過ぎるので暫く歩くと、寂れているわ時代の流れで遊具も撤去された、空き地同然の公園を見つけて入った。隅に残されたベンチに座ると、隣へ天地あまちを促す。


「私お前の事好きじゃないよ」


 まさに座ろうとしていた天地あまちは地面に倒れた。


 直前まで普通に腰を下ろしていたのに、突然意味不明な挙動を起こし倒れた。ゲームのバグみたいだった。


 何してんだと首を伸ばして様子を窺うと、無表情に涙を流していた。


「……ですよねぇ……」


 蚊の鳴くような声だった。


「うん」


 天地あまちは私の返事が聞こえているのかいないのか、倒れたままブツブツ言い出す。


「いやだって、何回アプローチしても全然、全ッ然、響いてなかったし……。非常事態だからそれ所じゃない気分になってるのかなって途中まで思ってたけれど、違うわこれ……。いや違うわこれ……。この人の頭の中ってホント、いとちゃんの事しか入ってないって気付いて……」


「恋愛とかどうでもいいんだよ。まずはいとが不自由してないかだから」


「流石に駄目かもって思ったよね……。やっと会えたのに、最後の最後の壁が、十年一緒の親友ってお前……。無理ィ……」


 鼻水まで垂らし始めた。


 それは静かな号泣だった。


「うん。多分いとも最初から分かってたよ。絶対自分を超えられないだろうにしつこいから、もう現地で諦めさせて結婚しようって。自分より私から直接言われた方が伝わるだろうしって」


 何せ本気になったあいつとは敵味方問わず〝劫末音義〟をフル活用する上その強靭な理性を悪用しまずバレない嘘までくとんでもない奴である。人生を懸けた目的の前に、しつこく付き纏おうとする他人に情けをかける訳が無い。よく私に悪趣味と言ったものだ。


「それでも会う事を許したのは、お前の覚悟に理解を示してた証拠だよ。その気になったら〝劫末音義〟で黙らせる事も出来たのに、結局お前のやりたいようにさせた。乗り気じゃなかった私にもちゃんと向き合えって注意して来たよ。結果は分かってただろうにそうしたのはきっと、私の為でもあったんだ。お陰で狭い視野が多少広がったし、いきなり結婚を前提に付き合うのは無理だけれど、友達からなら問題無いって思ってる」


 天地あまちは涙も鼻水も垂らしっ放しのまま、私へ振り向いた。


「……へ?」


 その顔が余りに情け無くて笑ってしまう。


 言っても決して喜ばないだろうが、そのプライドの無い所は好きだ。保身をしないとはどれ程高潔な事か。沈黙で本心を塗り固めて来た私には余りに眩しい。


「でもその前に、伝えておきたい事がある。お前は私を美化し過ぎてるよ。訂正を加えたいからちょっと座れ。その後で改めて、私という人間はお前にとって本当に重要な奴なのか、考えて欲しい。私はお前と違って、意地っ張りだから」



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