62.「悪趣味ね」


 お兄ちゃんの戦意喪失により無力化されていた神管しんかんは正気を取り戻し、人影は消え、百年に渡るこの地のしがらみに、やっと一つの区切りが付いた。


 これでもかと叩き付けられた危機と困難を乗り越えた私は、気絶する形で眠った。


 心労が限界を超えたらしい。あの日の記憶はお兄ちゃんと和解した直後でブッツリ途切れて、次に目を覚ましたのは翌日の夕方だった。それでもくたくただったから、さっさと食事とシャワーを済ませて寝た。


 次に目を覚ましたのはそのまた翌日の昼で、日常に戻ろうとのそのそ動き出した私の様子に、周りが胸を撫で下ろしているのに気付いた。まだ身体にはどんよりとした疲労が溜まっていて、頭もそんなに回らないけれど。寝過ぎたんだと思う。


 だからここから先は、いとから聞いた話。


 避難していた住民は、正気に戻った神管しんかん達により全員無事に町に戻った。お兄ちゃんは末守すえもり神管しんかんの治療を受けたから元気。古要こよう夫妻と私の母はお兄ちゃんのした事を、倒れた私に代わって説明してくれたいとから全て聞いた。決して許されない事をしたけれど、既に私が負かしたしあの厄介な剣も壊してしまったので、罰も今後の対応も必要無いと、お兄ちゃんをそのまま帰らせた。


 私はそれを聞いた時、身体の怠さが消えた。私を最後まで苦しめていたのは、もしもお兄ちゃんが何か罰を与えられたらどうしようという、気苦労だったらしい。


 それを避ける為もあって、一騎打ちの際お兄ちゃんを挑発した。言い損ねる事が無いように、やり残しが無いようにと全力を出させるのが主な目的だったけれど、それを砕いてしまえば、全ての手札を潰せる事にもなる。綺麗に負かしてしまえば、もうそれ以上すべき事は無い。そう安心する私をいとは、「悪趣味ね」と笑った。「分かってたわよ。わざと煽ったって。勝てると確信してたのも」とも。


 肩を竦めて返しておいた。ただでさえ得意分野での戦いなのに、冷静さを奪う事により人影での不意打ちをさせず直進を誘ったなんて言ったら、とうとう嫌われるかもしれなくて。後手に回っておきながら無傷で斬り返している時点で、どう繕おうと手遅れだが。殺人剣に精通しているという事は、殺さない斬り方も熟知している事になる。


 それ以上この話題を広げるのは私が不利になるばかりなので、元気にもなった事だし外に出た。


 まずは東海林しょうじに会った。それまで全く無関心だったけれど、意外と質素なアパートを借りて一人で住んでいて、菓子折り片手に現れた私に酷く驚いていた。


 去年から散々鬱陶しかったし今年の〝禍時まがつとき〟では随分調子に乗ってくれたけれど、古要こよう家の屋敷では救ってくれたお礼を伝えた。


「あの時お前が助けてくれなかったら、私はお兄ちゃんへの罪悪感で挫けてたよ。ありがとう」


 それは迷惑そうに、「神管しんかんとして当たり前の事をしただけだ」と言われた。あといつものようにネチネチ小言。でもっくに見直しているから悪い気分にならなかったし、今後は世間話ぐらいなら付き合うよと言っておいた。ちゃんと筋の通った所があるんだから変に意地張らないで普通に喋ったら、いともお前を見直すよとも。超カッコよかったんだから。一度は神に縋ったけれど、でも間違ってるってちゃんと乗り越えたから、お兄ちゃんを罵る際あんなブーメラン上等な言葉が出たんだろと。でないと神管しんかんの役目を果たす為に、助けに入ろうなんて思ってない。


 途端玄関のドアを思い切り閉められた。菓子折りの入った手提げの紙袋は、ドアノブに引っかけておいた。


 東海林しょうじは確かに〝廃れ拝み〟をしていた。理由は想像通り、周りを見返す為だった。今年の〝禍時まがつとき〟を皮切りに町を襲った全てについての事実確認の為、古要こよう夫妻が関係者全てに直接話を聞いて回っていた際、東海林しょうじ自らがそう語っている。彼のした事は古要こよう夫妻から、直接東海林しょうじ家に連絡済みだ。確かにとんでもない迷惑を被ったが、一生ものの恩を受けたとも。


 それを聞いた東海林しょうじの両親は、息子を呼び戻す事にしたそうだ。東海林しょうじが放蕩息子となった原因も、古い神管しんかんの家ではごくありふれた、家柄だの権威だのを優先する余りに生じた齟齬そご。天下の古要こよう家に立派な息子だと言われれば、彼の両親も接し方を改めるだろう。実際東海林しょうじとは優秀だ。錦学院に在籍してたんだから。


 この話を教えてくれたのもいとで、「古い家の親って皆高望みなのよ。錦学院に入ってる時点で超一流なのに、一度も褒めた事が無かったんですって。自分の息子の事」と呆れていた。


 神を一時的に従えるという東海林しょうじ家の十八番おはことは、見る者によっては姑息な技に見える。実際その偏見に苦しんで来た家でもあるし、それを払拭する為に必死だったのだろう。その皺寄せが、本件に絡む形で現れた。古要こよう家のお墨付きを頂いたのだから、もうそんな勘違いは起きない。


 続けて、東海林しょうじの部屋に行く際から同行してくれていたいとと共に、空閑くうが家に向かった。いきなり現れた私達にお兄ちゃんは目を丸くしていたし、いとと目が合うなり二人して沈黙しそうになったけれど、初めて向かい合って言葉を交わしていた。ぎこちない世間話から始まって、いきなり何でも話せる仲にはなれないけれど、知り合いぐらいにはなれるように努めましょうと、緊張の余りビジネスぽい調子で締め括るものだから笑ってしまった。私を見た二人はつられるように、困り顔で笑った。


 お互いに積もる話があるから、来週お茶に行く事になったらしい。私は抜きで。何でだ。まあこの二人が一対一でしたい話って、私を前にしたら遠慮したくなる内容ばかりか。


 という訳で一週間後の今日。極めて珍しく一人になった私は、あいつに会いに行く事にした。丁度私も、一対一で話したい相手だったから。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る