61.きっと上手くいく。
折られた刀身が月を背負うように高く舞う。
それに見下ろされながら散る血飛沫が闇を彩る。
崩れ落ちていく。意志も刃も砕かれて。
真っ正面から全てを否定され、何も残らなくなって、右の肩から腰の左手へ切り結ぶ、剣諸共叩き斬る程激しい袈裟斬りを浴びたお兄ちゃんが膝を着く。
それでもお兄ちゃんは間髪入れず腕を上げる。
折れた剣を私へ放つ。
私は
剣が届く前に、お兄ちゃんの腕を払う。
明後日の方向へ弾かれたお兄ちゃんの腕からすっぽ抜けた剣が、血に濡れた庭に転がる音がした。
それに一瞥も寄越さない私は、私を見上げて動かなくなるお兄ちゃんから目を逸らさない。
傷の痛みも忘れる程の失意を浴びせられたお兄ちゃんは、無表情に零した。
「俺は間違ってたのか」
「やり方をね」
「どうすればよかったんだ」
「お互いにもっと話す時間を設ければよかった」
「俺のやって来た事はお前にとっては、全部迷惑だったのか」
「今日された事は絶対に許さないけれど、それ以外の全部は嬉しいよ」
お兄ちゃんは喋らなくなった。ただぼんやりと、私を見上げている。その心境は分からない。
私は言う事が決まってて、何の躊躇いも無く告げる。
「自分の弱さから逃げたい為に、誰かの為って言葉を遣うのは卑怯だよ。お兄ちゃんは許されたいだけなんだ。私を救えなかった無力さを。私はそんな事望んでないし、私はお兄ちゃんの事、憎んでも恨んでも、嫌ってもないのに。私はもっと伝えなきゃいけなかったんだ。自分の生き方は自分で決めるものだし、幸せの基準もその人だけが決められるものだし、決して誰かに任せてもいけないものだからって、伝える努力をしなかった。納得してる生き方でどうなろうが誰も困らないだろうって、周りの人達の気持ちを考えていなかった。知らなかったんだ。幸せだからって何も受け取らず何も言わないのは、どれだけ残酷な事かって。だから今日起こった事の全てが、お兄ちゃんの所為な訳じゃないよ。半分はちゃんと気持ちを伝えて来なかった私が悪い。そもそも私の理不尽はお兄ちゃんの所為じゃない。きっと今日の全てとは、お互いに言葉足らずでさえなければ避けられた、簡単な事だったんだ。だって罪悪感から逃れたいのもあるけれど最大の理由は、何を失う事になろうと誰かを助けたいっていう、馬鹿なぐらいの優しさなんだから。
お兄ちゃんは目を見開いた。失望に沈む目に、微かな光が灯る。
目に映り込んだ月をそう捉えただけかもしれない。これだけ突き放しておきながら、今頃になって本心を伝えておきながら、お兄ちゃんを傷付けてしまうのが悲しくて。救えたんだと期待したくて。嫌われたくなくて仕方が無くて。
本当に上手くいかない。上手くいかなくても、何度でもやり直して歩き出す。いつかは全てに最後が来るし、どれだけ努力しようと覆せないものもあるけれど。
そう決めたばかりなのにやっぱり難しくて、お手上げとばかりに腰を下ろす。
屈んだ事により正しい身長差が表れて、見上げる格好になったお兄ちゃんへ苦笑した。
「困らせてごめんなさい。私の兄になってくれてありがとう。でも私、大丈夫だから。許してくれるならこの先も、お兄ちゃんの妹でいたいよ」
お兄ちゃんの目から涙が溢れて、頬を伝う。
その心境は、やっぱり分からない。
分からないのに勝手に想像して思いやる。心を痛める。救える保証なんてどこにも無いのに、何とかしてあげたいと走り出す。その為に、何を失う事になろうとも。
なんて厄介で押し付けがましいんだろう。そのくせ、こんなにも真っ直ぐで美しい。だってのにやっぱり、こんなにも苦しい。
最悪の呪いだ。愛情なんて。
それでもやめられないこの愚かしさこそが、人間なのだろう。
お兄ちゃんは俯き、嗚咽を漏らしながら口を開く。
「……済まなかった……! 俺は、何て事を……!」
「怒ってないよ。私こそごめん。心配されてるって考えもしないで、ずっと苦しめてた」
気の利いた言葉なんて知らない私は刀を離し、両手でお兄ちゃんの手を握った。
「一緒にやり直そうよ。きっと上手くいく。無力だろうと譲れなかった願いを、神を制してでも叶えたばかりなんだから」
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