60.これで死のうが悔いは無い。
また人影の群れが現れた。
背後の三人諸共私を囲むと、剣を構えて一斉に向かって来る。
「
言い終えると同時にそれらを斬り捨てた。
小細工は無い。器用さも無い。人影達より速く走り、斬られる前に斬っただけ。
崩れ落ちる人影の群れの向こうで、まだ動けないお兄ちゃんは息を呑む。
刀を下ろした私はそれを捉えながら、三人を背負い直す位置へ歩いて引き返す。
「神の管理者である
足を止め、お兄ちゃんと向かい合った。
「まして〝劫末音義〟を扱うのは
お兄ちゃんは、僅かに後退りながら口を開く。
「……嘘だろ」
「私の本業は
「何でそこまで出来る……。仕組まれたに過ぎない人生に、どうしてそこまで向き合える。そんな事をしても、過去は変わらないんだぞ!」
「それでも私が選んだ道だから」
ただ伝える為に言った。
「敷かれたレールだった。用意された役に填められているだけ。それでもあの日、誰もが救えないと匙を投げていた女の子を助けたいと思ったのは私だし、仕組まれたものだろうがその道を歩むと決めたのも私だ。損得なんて知るか。顔も名前もどうでもいい。困ってるから助けたいと思ったそれだけだし、そんな性格じゃないと金閣寺だろうが即決でぶっ壊すぐらいの勢いで神を処分出来てないし、〝劫末音義〟の始末人になれるまで頑張ってない。これは誰にも仕組まれてない私の願い。誰の所為にもしてない私の生き方。失敗も未熟さも腐る程あるけれど後悔なんて一つも無いし、何を捨てる事になろうと決して譲れない私の在り方だ。心配をありがとう。でも同情なんてしないで。お兄ちゃんの物差しで、勝手に私を可哀相な人にしないで。普通の暮らしに憧れはある。悲しみも苦しみも、寂しさだって沢山あるしきっとこの先も絶えないんだろうけれど、それでも私は、幸せなんだから」
「……認めない。そんな事が、正しいもんか」
お兄ちゃんは、自分に言い聞かせるように呟く。
「この先も、押し付けられた苦しみを背負っていくのか。捨てようと思えば出来る力を持っているのに、変わらずそこに留まる気なのか!」
苦笑した。
「馬鹿みたいって笑ってよ。全部、それで片付く程度の話だったんだ。自分でさえ、今日まで気付いてなかったけれど」
「いいや違う! そんな理不尽を許していいものか! この先も同じ事が起きない保証がどこにある!? 苦しみを押し付けられる度、そうやって笑って全てを許すのか! そうして誰かを甘やかす為に、お前はその心を痛め続けるのか! そうした所でその誰かが、過ちを繰り返さない保証も無いのに!」
お兄ちゃんは喉が裂けるぐらいに叫ぶ。でもその声にも表情にも怒りは無く、私への悲しみで歪んでいた。私を馬鹿な生き方から救い出したくて仕方が無くて。
きっと私に、その認識を変える事は出来ないだろう。どうしたってお兄ちゃんからすれば私とは、壊れた可哀相な妹なんだ。だからおじいちゃんとおばあちゃんを殺してまで今日という日を連れて来た。そうまでして差し伸べた手を、救おうとしている妹に払われようとしている。
地獄だ。
つくづく私とは最低で、結局自分の事しか考えていない頑固者。
だから自分がこんなにも大切に思われている事に、タイミングを逃してからじゃないと気付けない。
「ごめんね。もっと早く伝えていれば、お兄ちゃんにそんな事させずに済んだかもしれないのに」
お兄ちゃんから感情が消えた。
絶望に呑まれた。
そうなると分かってそう言った。
知っている上で地獄に落とした。
散々
罪悪感と無力感に
行き先は私。神を要さず願いを叶える刃を、私を頭から両断すべく振り下ろす。
私は両手で柄を握り直した。頭上に構えた刀が月光を浴びて閃く。
私は特技が殺人剣というだけで、こんなぶっ飛んだ得物相手に有利な何かを持っている訳では無い。この刀の特徴も
それでも煽った。お兄ちゃんの抱えるあらゆる苦痛を、正面から受ける為に。その根源は私で、そのくせ突き放すと決めたから。そうまでしてでも譲れない、私が私である為の生き方だから。
全身全霊で刀を振るった。
これで死のうが悔いは無い。
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