3.〝禍時〟の戦い

11.〝劫末音義〟


 忘れ去られた神々が大挙し、恐怖により信仰心を取り戻す為、暴虐の限りを尽くす。そんな〝禍時まがつとき〟の襲来日である今日は、仕事も学校も午前十二時で終了だ。電気も水道もガスも止まる。町の住民は全員近隣地域へ避難して、残るは〝禍時まがつとき〟に立ち向かう神管しんかんだけ。


 とは言え全神管しんかんが居残りになる訳でも無く、避難先の各地域を守る為に結構な人員を割かれるので、直接〝禍時まがつとき〟を迎え撃つ人数は少数となる。その地を守る神管しんかんの中でも、防衛よりも攻撃が得手、あるいは総合的な戦力が最も高い者が選ばれるのが通例だ。


 古要こようとその近侍きんじとして仕えて来た末守すえもりが守る地でそれを担うのは、両家が抱える一門合わせて六百人程いる神管しんかんの中で、ここ十年近く同一の二名。今日は飛び入り参加含めての三名。


 日暮れまであと五分。計画的ゴーストタウンとなった町で、飛び入り参加枠の天地あまちが耳目を疑うように言った。


「迎撃組は少数精鋭って相場で決まってるが、でも二人だけなんて初めて見たぜ」


 同一二名枠の一人であるいとが思い出したように答える。


「ああ、確か少ない地域でも、二桁下回る事はまず無いんだっけ」


 残り一枠の私が補足した。


「うちは事情が特殊ですから。いと様と私以外が参加すると死者が出ます」


 積雪で白くなった海岸に立つ私達は、水平線に向かい横隊になっている。


 この町は三方は平地へ、残り一方は海に続く形をしていて、往来を遮るものに乏しく守りが難しい。他の地域より防御へ人手を割く必要がある手間があるのは事実だが、迎撃組が私といとだけな理由はまた異なる。


 視線を左へやり、いとが持つ充電式拡声器を見た。


 停電前に充電を満タンにしておいたものだ。〝禍時まがつとき〟迎撃時のいとの装備。いとを挟んで隣に立つ天地あまちに関しては何も持っていないが、エリート中のエリートなんてこんなもん。装備では無いがギリ持ち物として数えてもスマホぐらい。


 天地あまちが物珍しそうにいとの拡声器を見た。


「すげー。充電式のメガホンとかあんのか」


 いとはぽかんとする。


「普通にネットで買ったわよ? 先生が学校で使ってるのも充電式じゃなかった?」


「こんな近くでちゃんと見た事えから分かんねえや」


「あー。確かに拡声器使ってる時の先生って大抵遠くにいるから、まじまじと見る機会無いかも」


 水平線辺りの海上でどこからともなく集まって来た神が群を成し始めているのが見えていないのかと思う程緊張感が無い。あの生物なのか非生物なのかよく分からんキモい姿をした奴らがグチャグチャに固まってる様に何も覚えないのだろうか。


 一般神管しんかんに過ぎない私は当然ピリピリしていて、群れを見据えて二人へ告げる。


「そろそろ来ます。警戒を」


 天地あまちは上体を傾け、私の横顔を覗き込んだ。


いとちゃんが合図したら耳栓したらいいんだよな?」


 目の位置を変えずに返す。


「今して貰っても構いませんが。早いに越した事はありません」


「それだとお前の声が聞こえなくなるしぃ」


 おどけた声音で返って来た。


「そうですね。その程度の遮音性では、天地あまち様が死ぬ事になりますから」


 いとが袖を引っ張って視線を促すので目をやると、案の定私を咎めるような顔。


「こらよすが


「冗談ですよ。特注の耳栓ですから」


 神管しんかんが扱う理外の力。いとの場合は自身が発した音を聞いた者を操るというチートみたいなものだが、であってその中身は非常に繊細で扱い辛い。


 日々の暮らしの中で騒音トラブルという言葉がありふれているように、音のコントロールとは難しいからだ。どれだけ気を遣っても環境次第で漏れてしまうし、その漏れた音がどんな大きさや形でどこまで広がり、誰の耳に拾われるかなんて分からない。そんなものに絶対的な命令を下す意味を付けて扱うのだから、意図せず知らない誰かを操ってしまう恐れなんて幾らでもある。途方も無く強力という点ではチートだが、そもそもいとだけではコントロールし切れないという重大な欠点を抱えているのだ。そのくせ念じながら音を出せばいいだけという異様なお手軽さだから、もしカッとなって暴言を吐いたり机でも殴ろうものなら、その怒りの根源である対象者はどうなるか。


 涼しい顔をしているが古要こよういととはそうした事態を避ける為、想像を絶する強固な理性を纏い続けているのである。幼い頃から今日まで毎日、睡眠時以外はずっと。


 それが上手くいかない頃は、殆ど口を利かないのに、泣いてばかりの子だった。私はそれを見るのが嫌で侍女じじょになった。私にとって重要なのは、いとがなるべく苦痛を覚えず過ごせるよう尽力する事であって、クラスメートなんて進級だの卒業だので縁が切れる程度の人間達に、ノリが悪いと言われるのを避ける為付き合いをする事じゃない。


 私に人並みの暮らしは要らない。そんなありふれたものを渇望しながら、生涯手にする事は困難だろう人が側にいるのに、何が恋だの青春だ。他者の苦痛から目を逸らしてまで謳歌しなければならないのが人生なら、そんなものドブに捨てる。


 ……何をそんなにイライラしてるんだ、私。


 やたら感情的になっている。溜め息を吐くのを堪えながら自分を俯瞰して、近付いて来る神の群れから目を離さず背中の荷物を下ろした。今朝商店街で使っていたものと同じ木刀袋とその中身。


 末守すえもり家自慢の逸品であるそれを抜いて両手に握り、正中線に構える。身に染み付いた所作に苛立ちは治まって、冷えた思考が朝のように澄んでいく。そういう体で熱暴走から逃れようと情を削ぐ。


 気味の悪い毛糸の塊のように纏まりながら接近する神々が、拡声器の音が届く範囲へ入って来た。奴らがごうごうと風を切る音が、ゴーストタウンと化したこちらまで鳴り渡る。


 いとはスイッチを入れながら拡声器を口元へ運びつつ、空いている手を挙げて天地あまちに合図した。


 天地はかさず両手で耳栓を填める。


 うに準備万端の私は、足元に落とした木刀袋が気になって足で退けた。


 神管しんかんが扱う理外の力。それは鍛錬により身に付ける後天的なものと、稀に生まれ持って現れる先天的なものがある。前者の多くは誰しも体得出来る形をしていて、後者は生まれ持った当人にしか使えない。かつ前者と異なり蓄積出来る技術や経験の乏しさから制御が困難と癖が強く、ものによっては人生を台無しにされる神管しんかんも珍しくない。


 それでも神管しんかんとは後者の力を呪いでは無く無類の武器と重んじ、それを生まれ持った者を天才と呼ぶ。後者が持つ力とは、前者では指先すら届かない程乖離して激甚げきじんだから。そして神管しんかんは彼ら彼女らが生まれ持ったその力に、固有名称を付けて褒め千切る。怒りを買って己に向けられないよう畏怖する為に。


 それでも古要こよう家史上の問題児と称されるいとは口を開く。その不名誉に取られようとも決して逆らうなと戒める為の名を与えられた由来である天才の証明、無類の武器の名は、〝劫末音義〟。


「共喰いしながら溺死しろ」



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