10.チョーク食わすぞ。


 立ちっ放しだったイケイケ女子グループ(お前らとは今話したくないし座れよ)の一人が挙手して答える。


末守すえもりさんが天地あまち君に結婚を前提に告られました!」


「それは今日の未明の出来事です」


「でもまず天地あまち君はフラれるだろうから、クラスの皆で天地あまち君を応援する為の作戦会議中でした!」


 天地あまちは馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに、私へフッと笑いかける。


「とか言うんだよ皆。俺はそんな事えと思ってるけどな」


「今足蹴にされてた記憶もう飛んでるんですかあなた」


 チョーク食わすぞ。


 いとがクラスに尋ねた。


「でもフラれるってどうして? まだよすが返事してないわよ」


「あの個人的な問題を勝手にクラス共有しないで貰えます?」


 無視された。


 「キモ」への報復らしい。


 成り行きでクラス代表の発言者みたいになって来たイケイケ女子グループ(今一番話したくない相手なんだけれど)が答える。


「だって末守すえもりさんって遊びに誘ってもいとちゃんの付き人の仕事があるからって断られるし、誘えても先にいとちゃんが来るって決まってる予定じゃないと来ないからデート不可能だもん!」


 いとがじろりと横目を向けて来ると意地悪く笑った。


「ノリが悪いツケが回って来たわね」


「役目を全うしているだけです」


 いとにだけ聞こえるよう返すと、クラス全体へ告げる為声を張る。


「事情は分かりました。ただこの件は私と天地あまち様の問題ですので、皆さんには静観をお願いします」


 天地あまちが見下ろして来た。


「相談するのはあり?」


「無し」


 いや、別にいいか。別に相談って一般的な行為だし。


「いえ、いいですよ。先程のように見世物にしないのなら」


 天地あまちは視線を天井へやると、ぽりぽりと頬を掻いた。


「俺としてはそんなつもりでは無かったんだけれど」


 何言ってんだこの馬鹿野郎。


 そう口にしようと睥睨へいげいしたが、気付いていない天地あまちは続けた。


「知らない土地で自分に興味持って貰うには、兎に角大勢の目に触れるしかえかなって」


 息が止まる。


 そうだこいつ、今朝この町に来たばかりだった。たった一人で、家に押し付けられた人生を歩む為に。それまで暮らしてた土地での友達とか、生活も置いてけぼりにして。その迷いも悩みも無い筈が無かった決断を、寸前で覆してここにいる。私に一目惚れして、私を振り向かせる為に。


 強烈な同情と混乱を覚えた。つい、それらに突き動かされるまま口にする。


「……何で私なんかの為にそこまで出来るんだよ」


 天地あまちは頬を掻くのをやめ、私を見据えた。その視線は知り合ってこの数時間で、最大に真剣。


 心臓が跳ねた。


 初恋なんて甘い理由じゃない。誰だって急に視線を投げられれば驚くし、私は知り合ってから天地あまちに対して一度も肯定的な感情を覚えていない。


 己を振り回す運命に疲れ果て、私に恋という勘違いをしている男。あるいは運命から逃げ出す為の、自暴自棄のような理由作り。いとの前では控えたが、天地あまちに抱いている印象とはこの程度だ。側でいとを見て来たから、そうなってしまっても無理は無いと思うし、もし天地あまちの考えがこの冷め切った想像通りだったとしても、迷惑ではあるが怒りは無い。神管しんかんに望んだ人生が無い事は知っている。優秀であればある程。


 なのに天地あまちの目が放つ熱と力強さに驚いて心臓を跳ねさせた私とは、本当に冷め切ってるんだろうか。


 まだ瞬きをしない天地あまちは、私しか目に入ってないような顔で言った。


「大昔に俺の生き方を決めた女だ。この機を逃して、誰かの女にでもなったら耐えられねえ」


 遊びは終わりだとチャイムが鳴る。



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