12.「いいコンビじゃない」


 途端神々は互いに噛み付くと、糸が切れたように海中へ落下した。太い柱のように上がった飛沫が海面をグラグラ揺らし、煮立ったようにあぶくが暴れる。


 全滅では無い。商店街で天地あまちが処分した個体のように、聴覚を持たない神に〝劫末音義〟は通じない。天地あまちに課せられていた試練とは、このいとでは倒せない神々をどう片付けるかだ。


 それでも三分の一まで減らされた神の群れはいとへ走る。数は全校集会で集められた生徒を眺めているような、いちいち数えていては気が遠くなる程。


 いとが空いている手を再び挙げた。耳栓を外していい合図であるそれを受けた天地あまちは、両手で引き抜きながら大股で歩き出す。


 浅瀬まで迫った神の群れは、巨大な横断幕のように私達の視界を覆った。既に波打ち際に踏み込んでいる私はそれらへ狙いを定め、両手で握った木刀を右へ薙ぐ。


 先頭の空飛ぶ腐った肉塊のような神を捉えた打撃は周囲を巻き込み、横断幕を払い除けた。バラバラに散った群れは地に叩き付けられ、雪と飛沫が舞う。


はや


 感心したような天地あまちの呟きに振り返った。だが捉えたのはいと天地あまちの姿はどこにも無い。どこに行った?


 首を回しかけると、右方向で生じた衝撃に臓腑を揺らされ振り向いた。


 払ったばかりの神の群れが、粉々になって波に攫われようとしている。その中心には腰を上げながら右肩を回す天地あまちがいて、振り返って来るなり歯を見せた。


「ナイス先制! 目で追えなかったぜ」


 見失ったのはお互い様だし、三分の一まで減らされたとは言えあの数を全部砕いたってのか。今の一撃で。


 いや、神管しんかんとしての優秀さに疑念は無い。今朝の商店街でもこいつは、その拳一つで神を砕いている。


 神管しんかんが振るう神を殺す力。中でも、異様で巨大な奴らに後れを取らないよう身体能力を高める術があり、その土台を作ったのが天地あまち家だ。今私が先制打を決められたのも、その術のお陰。このように古くから、全ての神管しんかんを支えて来た大家の息子である目の前の男は、特にその術の扱いに長けると名高い。何せ余りに得意なものだからわざわざ武器を持つ理由が無いと、素手で神々を倒して来たのだ。天地あまち凌我りょうがとは、紛う事無き天才である。


 天地あまちの背後を取るように、海中から一体の神が飛び出し頭から浜へ突っ込んだ。鯨のようなその巨体の形は、生物図鑑の断面図のように生々しく半身の内部を晒しておきながら皮膚には木目が浮かぶ僧侶という、仏像みたいな何か。


 神と仏は別物だろうと言いたくなるが、それらを同一視するという神仏習合思想もあったのがこの奇妙な国。どっちも同じように扱うから、軽んじられれば神も仏も忘れられば一つとなって襲い来る。つーかこいつ、聴覚無いのに〝劫末音義〟を食らった奴らに紛れて海に沈んで、バレないように接近して来たのか小賢しい。


 仏像モドキは倍速再生される動画内の操り人形みたいな動きで立ち上がり、いとを頭から潰そうと拳を振り落とす。


「うえキモ」


 仏像モドキの足元に立つ格好になった天地あまちは嫌そうに零し、石ころを相手にするように蹴りを放った。それを受けた仏像モドキの片足が折れバランスを崩す。軌道が狂った拳はいとの遥か頭上を通過し、誰もいない浜を殴り付け砂を打ち上げた。


 それを横目で見送りながら跳んだ私は、仏像モドキの横っ面を木刀で打ち、折った首ごと海へ送り返す。


 巨体を投げ込まれた海から強雨のように飛沫が上がり、乱れた海面が不規則な波を寄越して来た。私はそれに攫われまいと後退する、いとの隣へ着地する。


「ご無事で」


「ええ。万事快調よ。こんなに早く片付くとは思ってなかったけれど」


 仏像モドキが出て来ないか様子を窺っていた天地あまちは、素直に静けさを取り戻していく海から目を離すと走って来た。


「いやーやるじゃねえか! 流石は〝劫末音義〟とそれを臆さず仕える侍女! 古要こよう末守すえもり始まって最強のバディって噂も納得だぜ!」


 〝劫末音義〟と技の名だがいとしか使えない性質上、いとの別名のように扱われる事はよくある。


いと様のお陰です。毎回先程のように群れを半壊以上にしてくれますから。私とはあくまで残党狩りです」


「その数百の残党を片付けてくれるのはあなただけよ。この町の避難だって神の群れからじゃなくて、私の〝劫末音義〟に巻き込まれて死なない為のものじゃない」


 そう。他の神管しんかんが防衛に回っている最大の理由も、〝劫末音義〟が必要以上に周囲へ響かない為で、本来の逃げ出した神が近隣地域に渡るのを防ぐ為という目的は二番手になっている。言ってしまえばこの土地に〝禍時まがつとき〟が訪れた際の神管しんかんの対応とは、〝劫末音義〟による被害を最小に抑える為といういとへの対策だ。


 神よりも恐ろしく、それを処分する神管しんかんにも退去を強いる程の恐怖を与える。故に古要こよういととは古要家史上最強では無くの問題児と呼ばれ、全ての神管しんかんの中でも別格な危険度を持つ存在として幼少の頃から名を轟かせて来た。お陰でご両親の許嫁探しを非常に困難なものにさせたので意図せずプラスな面もあったものの、聴覚が無い神の前では並の神管しんかんになってしまう。そこを補う為にいるのが私だ。然しその役目も、天地あまちという天才がいれば不要らしい。


 あの数を一撃。例年通り私一人での対応なら、まだまだ交戦中だった。性格も合わない様子では無さそうだし、いいコンビになると思う。性質は違えど、天才同士なんだから。


 つい口を閉ざしていると、いとが私へ微笑んだ。


「いいコンビじゃない」


「えっ?」


「あなたと天地あまち君。綺麗な連携だったけれど、打ち合わせしてた?」



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