08.……最近あんまり会ってないし、もうちょっと一緒にいたかったけれど。


 東海林しょうじがニタニタ顔を引きらせて硬直する。私は案の定な展開に溜め息を堪えた。


 逆に光栄だけどな。家の繫栄だの体面だのの為に計略まみれな家庭環境でうに建前を身に付けているいとに、こんなに感情的に接して貰えるなんて。それだけ嫌われてるって事だが。


 いとは滔々と続ける。


東海林しょうじ家の息子であるあなたこそ滞在している地域に〝禍時まがつとき〟が来るのだから、さぞ神管しんかんらしい役目を果たすのでしょうね。特にこちらに連絡は入っていないけれど」


 東海林しょうじは余裕を見せようと、まだ引きっている顔で笑った。


「ぼ、僕はこの町の神管しんかんじゃないさ。参加する義務は無い」


「まあね。怯えて逃げてもみっともないだけで済むわ。でも仕方無いわよね。古要こよう末守すえもり……。ああごめんなさい、腰巾着だったわね? あの東海林しょうじ家の息子を負かした立派な腰巾着の娘がいる家が守るこの地に訪れる〝禍時まがつとき〟とは、一等危険で有名だもの」


 おいおいそんな盛大に煽ったら東海林しょうじの奴がまた顔真っ赤に……。いや、もうなってるわ。


 東海林しょうじは怒りにわなわなと肩を震わせると、大股で踏み出しいとへ手を伸ばす。


「このっ……。調子に乗るなよ、失態を誤魔化す為に雇ってるだけのくせに!」


 既にいとの前に身を乗り出していた私は、東海林しょうじの手を払おうと腕を上げた。


 私達以外の誰かが雪を蹴り飛ばす音が鳴る。


 人目に触れるのはまずいと思った東海林しょうじは止まった。まるで東海林しょうじを制止するかのように放たれたその音の出所を探していた私は、東海林しょうじが歩いて来た方向に立つ人影を捉えつい零す。


「お兄ちゃん」


 うちの高校の制服を着た少年が立っていた。雪の白と静けさに馴染む落ち着いた雰囲気が滲み、縁の厚い眼鏡をかけている。


 まだ私が末守すえもりの養子に入る前。ただの遺児だった私の面倒を数年見てくれていた空閑くうが家の長男、空閑くうが繋時けいじだ。いつも、一つしか歳が変わらないのが信じられないぐらい大人びて見える、実の妹のように可愛がってくれた人。末守すえもりに入った今は続柄としては他人であるが、空閑くうがさんだの繋時けいじさんだのと余所余所しい呼び方に変える気になれない。


 お兄ちゃんは、いとに掴みかかろうとしたまま固まる東海林しょうじが見えていないようにふっと笑う。


「たまには早起きしてみるもんだな。桜に雪って、中々贅沢な景色じゃないか。ついはしゃいじゃったよ」


 お兄ちゃんは肩を竦めながら、足元で蹴り飛ばされた雪を目で示した。おどけた態度につい緊張が緩む。


 この状況を長引かせると不利になると察した東海林しょうじは、お兄ちゃんを睨みながらのろのろいとと私から離れた。さっさと退かないのは小物感を出さない演出のつもりか。やっとお兄ちゃんへ向けていた顔をいとへ戻すと、粘着質な悪意を込めて低く言う。


「また後で会おう」


「嫌よ」


 いとの即答を無視し、東海林しょうじは歩き去った。


 張り詰めていた空気が緩む。堪えていた溜め息をようやく吐くといとを見た。


いと様」


「配下を侮辱されて社交辞令で済ます主がいますか」


 つんとそっぽを向いて返される。どうやら咎めようとしている意図が見えていたらしい。かと言って看過も出来ず口にする。


「気持ちは嬉しいですがやり過ぎです。攻撃してくれと言ってるようなものですよ」


「喧嘩を売って来たのは向こうよ。それにねえよすが。私だってお行儀のいいお嬢さんって訳でも無い事知ってるでしょ? 何で自分の点数稼ぎの為だけに求婚して来る奴に気を遣わなきゃならないのよ。断ったのにしつこいし! よすがにもあんな態度取って! 鬱陶しい指図を受けるのは親からで十二分!」


 全くもってその通りそうなんだけれど、かと言って荒事にすれば物事とは何だって悪化するのも事実な訳であって。兎に角いとを落ち着かせようと、事勿ことなかれ主義みたいな間抜け面で両手を振った。


「まあまあそう言わずに」


「〝禍時まがつとき〟の日まで大変だな」


 頭にぽんと何かを置かれる。見上げると、苦笑しながら私の頭に手を置いているお兄ちゃんと目が合った。空閑くうが家は神管しんかんでは無いのでこちらの事情にはうといが、校内でも有名な東海林しょうじの面倒な振る舞いのお陰で、事情は一般の生徒にも大凡おおよそ知れ渡っている。ダッサい振られ方したどうしようも無い奴って。


 お兄ちゃんは小さくなっていく東海林しょうじを眺めて言った。


「いつまでいるんだろうなあ。あいつ。まさかこのまま卒業までいる気なんだろうか」


 私もつられて、角を曲がって見えなくなっていく東海林しょうじを目で追う。


「手土産も無しに帰れないんじゃない。プライド高そうだし」


 去年この町にやって来た時も、しっかり〝禍時まがつとき〟が過ぎた日を狙って来た小物だし。今日だって味方にも戦力にも数えていない。


 いとに代わって追い払ったのは悪手だっただろうか。かと言って放置していればいとだって人間なんだからキレるし、その勢いでチートレベルに無茶苦茶なあの力を使ってしまえばもう地獄絵図。その危険は誰よりもいとが分かっているから、そう簡単にキレはしないとも分かってるけれど。


「ま、なるようになるさ。愚痴ならいつでも話しに来ればいい。古要こようもな」


 お兄ちゃんはそう私達に笑いかけると、さっさと歩き出してしまった。


 ……最近あんまり会ってないし、もうちょっと一緒にいたかったけれど。最後に会ったのはこの前の、おじいちゃんとおばあちゃんの七回忌以来だし。


 って言ったら、流石にウザいだろうか。もうお互い高校生だし。


 お兄ちゃんを目で追っていると、いとに袖を引かれる。目を合わせると、まだぶすっとしているが幾分落ち着いていた。


「行きましょう。遅刻するわ」


 普通に歩いていては追い付けない距離までお兄ちゃんが遠ざかってから、いとは私の手を引いて歩き出す。



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