07.「そうよ。恋しろ」「雑な命令やめて下さい」


「何で駄目なんですかそれこそ自由恋愛でしょう」


 頭の隅では「嫌だ」と即答してしまったのはきっと、恋愛により親友の今まで知らなかった生々しい部分を見たくないから。


「いや別に天地あまち君の事狙ってないし。まあ確かにあなたの言う通り、誰が誰を好きになるかなんて自由よ? だからもし私が立場を無関係に、純粋に天地あまち君を好きになったとして、それをあなたがオーケーを出すって事は、好きにしなさいと離れていく事を許した元許嫁候補を、後から自分の侍女から奪い取ろうと企み出す女主人っていう、大分終わってる昼ドラ展開みたいになっても構わないって事よ?」


「昼ドラなんて皆終わってますよ」


「まあね。何で昼間っから他人の生殖活動を最悪な形で見せ付けられなきゃならないのかしら」


 その顔に似合わないえぐい言い回しも最悪の形してる。


 黙っていても箱入り娘と分かる立ち振る舞いをしてるのに、喋ると箱から投げ捨てられた蓮っ葉になる。


 幾ら親友相手だから無遠慮になってるとは言えそんなえっぐい言葉遣いする奴の恋愛、マジで見たくなくて距離置くかもしれない。


「いやあの……。昼ドラにはなりませんから。もしいと様が天地あまち様に恋……。恋って。馬鹿馬鹿しい。したとしてもですよ。私は天地あまち様の思いに応じるつもりがありません。恙無つつがなくお二人の交際は始まる事でしょう」


「今馬鹿馬鹿しいって言った?」


「言ってないです」


「口にしてたわよ今」


「えっ、嘘」


「ホント。ていうか、昨日の態度から見えてたわよ。天地あまち君と真剣に向き合う気が無いって。駄目よよすが。ちゃんと考えなさい。確かに許嫁なんてクソだるって私が天地あまち君を押し付けたけれど」


「素直なら何でも許される訳でもありませんからね」


「そもそもこの状況が起きているのは、天地あまち君があなたを好きになったからよ? それを許嫁なんて嫌って感性の私が止めると思う? 似たような境遇同士、同情した部分だって大いにあるし、あなたに押し付けたとも言いはしたけれど最大の理由は、天地あまち君の気持ちを家の仕来りだの何だので、邪魔したくなかったのよ。だから私、一度もあなたに言ってないわよ。天地あまち君と付き合いなさいって」


「一回言ってましたよ」


「えっ、嘘」


「ホント。商店街で」


 いとはすっかり記憶から抜け落ちていたようで、説得力が失せた己にがっくりと項垂うなだれた。


「あれは千載一遇のチャンスを鷲掴みしたかった故の勢いだった……」


 私は嘆息する。


「……察してますよ。十余年の付き合いですから。天地あまち様への態度も、天地あまち様を思ってのものである事も。それにまあ……。突飛な状況ではありますが、確かにご自身の立場を全うしようとやって来た天地あまち様が、その直前で私にあのような言葉を放ったのも、決して生半なまなかな覚悟では無いでしょう」


「そうよ。恋しろ」


「雑な命令やめて下さい」


 お前の能力上その気になったら実現出来るんだから冗談でも言っちゃいけない類の言葉だろマジで。冗談だって分かってるけれど。


 つってもまあ、天地あまちの告白については真面目に考えなければならないのは事実。然し困っているのも事実で、ついうなじをぼりぼり搔きながら息を吐いた。


「でも一目惚れって。いきなり言われてもどう答えればいいのか……。何か、根拠とか無いんですかね。私は天地あまち様の事、何も知りませんし……」


「そりゃあ一目惚れなんだし、顔と身体でしょ」


「断ろうかな。あのカス」


「陰口やめなさい」


「誘導しましたよね今?」


「だってあなたがまともに口を開く前に一目惚れって言ってたから。それか実は、以前どこかで会ってるとか」


「まさか。天地あまち家と縁があったら絶対覚えてますよ」


「でもねえ。確かに一目惚れで結婚前提の告白って相当だし、ちょっと思い出してみてもいんじゃない?」


いと様が覚えてないんならきっと無いですよ。ずっと一緒にいるんですから……」


 それに末守すえもりの養子に入る前の記憶となると、当時の私もかなり幼いから自信が無い。久し振りに前の家に帰っていてみる?


「随分と能天気じゃないか。末守すえもり


 粘性のある嫌味な笑い声を背に投げられ、不快感につい立ち止まって振り返る。


 顔立ちは涼しげに整っているが内面から滲む陰湿さでどうにも爽やかに見えない、隣のクラスのストレートセンターパートの男子が立っていた。


 東海林しょうじ総真そうまだ。いとの許嫁候補として去年の春町にやって来た、神管しんかんの旧家の息子。だがいとの親が選んだのでは無く、勝手に名乗りを上げて現れるなり高圧的な態度でいとに迫って振られた俺様系世間知らず。


 その際は予想外の展開だったらしく執拗に食い下がって来たので、露骨に面倒臭がるいとの代わりに私が追い払った経緯がある。だが侍女の私にあしらわれたのが酷くしゃくに障ったようで、まだ町に残りこうして因縁を付けて来る面倒な奴にクラスダウンしてしまった。


 東海林しょうじ家の名が泣くぞお前。こんな時間の浪費が許されている辺り、放蕩ほうとう息子なんだろうが。どうせこの町にやって来たのも、名誉挽回の為にいとをものにするべくなんだろう。いとの感情を全く考慮していない理由にそれ以外も浮かばない。


 東海林しょうじは、性格を直せば、あるいは性格を知らない初対面の人間には魅力的に映る垂れ目を陰湿に尖らせ私をわらう。


「いつも通りの時間に登校とは。今日は〝禍時まがつとき〟だぞ? そんな緊張感の無いざまで、今年で百年目を迎える古要こよう家の次期当主の侍女が務まるのか?」


 うぜえなあ朝っぱらから。犬のウンコでも踏んどけよ。


 なんて本心を見せないよう義務笑顔。


「おはようございます。東海林しょうじ様」


 完璧だ。なんて外面のいい空虚な笑み。きっとメイド喫茶でも通じる。


 然し東海林しょうじは鼻をフンと鳴らすと近付いて来た。マジかよ。


「おい誤魔化すなよ。僕の声が聞こえてなかったのか? 末守すえもりなんて古要こようの腰巾着の家の奴が、僕を無視するなんていい度胸じゃないか」


 挨拶抜いて返事したらそれはそれでネチネチ言うだろうがお前。さーてどう収めようか。


 なんて考え始めていると、いとが愛想笑いじゃない、何かを堪えるような妙にさっぱりした微笑を東海林しょうじに向けた。


「何か用? デコ出し野郎」



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