06.「普通に高評価してるじゃないですかお友達から始めてみては?」


 スノーブーツを出そうか迷って結局履かなかったぐらい絶妙に曖昧な量の雪が一斉に落ちて来て、町を覆ったのだ。理由は神管しんかんの処分対象に入っている有害な神。それも単体では無く複数。


 こうした人間から見限られた神々は群れて悪さを起こし、恐怖により信仰心を取り戻そうとする習性がある。その悪さの中でも、定期的に訪れる特大の迷惑行為が〝禍時まがつとき〟。その規模は、当該地域を守る神管しんかんが総出で対処に当たらなければならない程。失敗すればその地は神々の根城となり、狂った宗教が乱立する禁足地となる。名立なだたる神管しんかんが住む土地とは、総じて凄まじい〝禍時まがつとき〟に襲われる地でもあるのはその所為だ。


 古要こよう家が守る地の〝禍時まがつとき〟は今日。始まるのはいつも日暮れ頃。この雪は予兆。腐っても神が一ヵ所に集中するとこんな風に、何かしら妙な事が起きる。つまり恋だの何だのほざいてる場合じゃないし、私とは愛する人と世界平和を平然と天秤にかけがちな海外ヒーロー映画も大嫌いだ。


天地あまち君が今日町にやって来た理由は私の両親よ」


 いとも春の雪が面白そうな様子で切り出した。


「国中を見渡してもトップレベルに危険な〝禍時まがつとき〟に襲われるこの町で、どれだけ神管しんかんとしての力を示せるか試練を課せられてたのよ。一人娘をやるには相応の実力が無いと認められないんじゃない」


「……許嫁となっていたのはそれが理由ですか?」


 幾ら私が喚こうが涼しげだったいとの顔が、嫌悪と侮蔑に歪む。


「高望みなのよ。その気になったら舌打ちで神を殺せる神管しんかんと釣り合う人なんて、この世のどこにいると思ってるんだか」


「恐らく真に見極めたいのは、いと様と釣り合うかでは無く、いと様を恐れないかだと思いますが」


「でしょうね。言ってしまえば、喋っただけで自分を殺せる相手といたいかって話になるし。私だって人間だから、カッとなって乱暴な言葉を遣ってしまう時だってあるわ。そんな衝動的な暴力により殺されたい人なんているのかしらって事よ。さっさと親も諦めて、放っておいてくれないかしら。私って一人でいるべきよ」


 自分とは一人でいるべき。


 何度聞いたか分からないその言葉に、ついむすっとしながら返す。


「私はあなたといて困った事などありませんが」


「それはあなたが優しいからよ」


 いとはさっきとは別種の涼しさを繕って即答した。


 これ以上この話題を続けると、何度繰り返しているか分からない言い合いになる。お互いに分かっているしそんな事は避けたいので、沈黙が這い寄って来るのを眺めた。


 かと言ってそれに居座られるのも居心地が悪く、いとはばっさりと話題を変える。


「という訳で今回の〝禍時まがつとき〟は、天地あまち君も手伝ってくれるわ。彼の申し出を断るかどうかは、その仕事振りを見てから考えてもいいんじゃない?」


 私も何事も無かったように切り替える。


「旧家の方なんですから私より優秀な事は見ずとも分かります。許嫁候補の話は一旦様子見となっているんですから、天地あまち様が参加される筋は無いかと思いますが」


「だって神管しんかんだもの。土地が変わってもやる事は変わらないわ。それに天地あまち君も、よすがにいい所を見せるんだって張り切ってたし」


 怪訝けげんになってつい眉を曲げた。


「いつそんな遣り取りを?」


「昨日別れ際に連絡先交換したから普通に」


 普通に友達になってんのかよ。


 昨日の意気投合で分かってたけれど、別に仲が悪い訳じゃないんだよな、この二人。利害の一致に過ぎないかもしれないけれど、友人としてなら上手くやれると思う。それと結婚は話が別になるのは当然だが。いや当然だが私を巻き込まないで欲しい。


「ああそうですか……。そう言えば、天地あまち様はどちらに?」


「一人暮らしの為に借りたアパートよ。一人暮らしの目的は私からあなたに変わったとは言え、わざわざ遠い実家にとんぼ返りする理由も無いからね。うちの高校の編入手続きも済ませてるそうだから、時間帯的にもう登校してるかもしれないわ」


「わざわざ登校されるんですね……。〝禍時まがつとき〟の今日ぐらい、時間まで休んでも問題無いと思いますが。神管しんかんの仕事の準備と言えば公欠扱いになりますし」


「早くクラスに馴染みたいんですって。あなたのクラスでの様子も知りたいって言ってたわ」


「知ってどうするんですか。何組所属になるかなんて分からないのに」


「私の許嫁候補として来てるんだから私と同じクラスに決まってるじゃない。つまり私の侍女であるあなたとも同じクラスって事よ。ふふ。きっと皆びっくりするでしょうね。〝禍時まがつとき〟の日に転校生なんて。然も中々のイケメンよ」


「普通に高評価してるじゃないですかお友達から始めてみては?」


 いとはぽかんとして私を見上げる。


「いいの?」




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