2.自由恋愛って政略結婚よりヤバいかも

05.「ソンナ訳無エダロウガッ!」


 然し結婚だの許嫁だの言った所で、日本で結婚出来る年齢は男女共に十八歳から。女性は十六歳から結婚出来る頃の時代だといとの縁談話ももっと早くから始められていたし、今回の許嫁候補という名目も通用せず、天地あまちが十八歳になった途端っくに仕上げておいた書類を役所に提出させられ、同じくっくに用意されていた屋敷で当日中に生活を始められる破目はめになっていた。あー平成世代じゃなくてよかったホント。私は全然それ所じゃないけれど。


 当然だが古要こよう家には激震が走った。娘の為に見つけて来た許嫁候補が、娘の侍女に一目惚れし縁談を反故ほごにしたのだ。旧家の結婚とは当人達だけの問題では無い。当然いとの両親は物申そうとしたが、いとがここぞとばかりに黙らせた。言葉による意思表示では無く、音という有無を言わせぬ命令で。商店街で私にやった時より、数段上の凄みで。古要こよう家史上最悪の問題児と恐れられるその強大な力を、初めて意図的に親へ向けた瞬間である。


 これまで両親の干渉に、徹底的に言葉での抵抗を重ねて来たのはこの日の為と言わんばかりのいとの反逆に、彼女の両親は当然予想していただろうが為す術が無かった。古要こよう家の力関係とは、いとが生まれた瞬間から彼女の一強で決まっている。


 いとの力任せに事を動かさない性分に甘んじていた両親は、一先ひとまず様子を見ると回答を濁しているも、いとの思いを汲んでの態度とは言い難い。一部始終をいとの隣で見ていたが、まーあ不満タラタラなご様子だった。私はストレスで胃がじ切れるかと思った。


 いとを挟んだ隣には天地あまちがいたのだが、奴もとんでもなく肝が据わっていた。商店街でいとが話していたように、この一件とは正式に許嫁候補となる前の出来事であり、つまりは両者の顔合わせも済んでいない状態で起きた事なので、誰の体面も傷付いていないので問題は無いだろうとのたまったのである。


 当然天地あまち家はそれでいいのかと指摘が飛んだが、天地あまちいとと両親の関係を目の当たりにした事を逆手に取り、いとに必要とされていない自分という人間と結婚しても、彼女の人生に影を落とすに過ぎず、同じ神管しんかんの旧家として古要こよう家の繁栄をそのような形で阻みたくないと、何とも聞こえのいい言葉で辞退してみせた。当然天地あまちの目的は私であると、けて見えた嫌らしさがあったが。


 いとの両親は私に一切言葉を向けなかった。不要だからだ。今回の縁談話を私が耳にしたのは、商店街でいとが切り出したあの時が初。古要こよう家と天地あまち家の間ではもっと以前から進められていた話だろうが、あくまで部外者であり末守すえもり家というパッとしない身分の私が、天下の古要こようの業務外の内情を耳にするタイミングなど、全てが決まった後でしか無い。だからこの騒動はいとが仕組んだ反抗では無く、天地あまちの恋心により起きた偶然であり、いともそれに乗じて悪足掻きをしているだけ。そう判断したいとの両親は、様子見という言葉で持久戦に出た。私には悠久の生き地獄だったが、実際にこの話し合いに費やされた時間とは、十五分もあったかどうか。


 まあ、一旦は収まったと言える状態に落ち着いたので、今後について考えよう。さて古要こよう家と天地あまち家の顔を立てつつ、上手く片付けるにはどうするか。話がこんな転がり方をしてしまった以上、更なる紆余曲折は野暮というもの。ここはもうすとんと着地して、私が天地あまちと交際して、そのまま仲よく結婚すればいい。


「ソンナ訳エダロウガッ!」


 理不尽の余りひっくり返った声で叫んだ。まだ八時には少し遠い早朝の路地に、私の奇声が鳴り渡る。


 隣で欠伸を噛み殺しながらいとが言った。


「変な鳥でも飛んでると思われるわよ」


「勝手に思えばいいですよ他者の思想や言葉とは終世しゅうせい無責任です!」


「ご機嫌斜めねえ」


 登校時刻に迫られこうして歩いている訳だが、私の内心とは史上最大じゃないかってぐらいに乱れていた。当たり前であるほんの三時間程前に主の許嫁候補が突然現れ私に交際を申し込んで来た挙句主との縁談を霧消させようとしているのだ主の強力な援護を受けての私の意思そっちのけで。


 たった数時間で私の十七年の人生が破壊されつつある。こんな時に真面目に学校なんか行ってられるか。


 でもサボったら両親が悲しむしいとの体面が傷付く。あと天地あまちとかいうアホのボンボンの体面も。


「私ってどこにも行けない……」


「今学校に向かってるじゃない。それにいいのよ。気が合わなかったら天地あまち君の申し出を断っても」


「そんな一般論が通じる訳無いでしょうご両親の態度を忘れましたか!」


「バチギレしてたわね。天地あまち君の前だから大人しくしてたけれど」


「ええつまりいと様と天地あまち様の婚約を諦めるつもりが無いって事です! ああどうしよう、きっと私クビだあ! 末守すえもりの養子に入って十余年、真面目に生きて来たつもりなのにこんな日が来るなんて……!」


「クビにはならないわよ。代役出来る人いないし、古要こよう家が肩代わりしてる借金もまだ殆ど残ってるんだから。あのあなたが中坊の頃木っ端微塵にした金閣寺の立て直し代」


「イキッて壊したみたいな言い方やめて下さいあれは修学旅行中に神が観光客を襲いに来たから迎撃したら巻き込んだんです!」


 一緒にいたから覚えてるだろうがてか今言うなそんな耳の痛い話!


 我を忘れて怒鳴りまくる私に、然しいとは動じない。


「それに一般論も通じるわ。天地あまち君は自由恋愛の下にあなたに告白をしたのよ? もしそれが報われなくても、誰も悪くないわ。そうなって恥をかく事になっても構わないから、天地あまち君もあなたに告白したんだと思わない? 勢いだけで私の両親にあの物言いが出来るとも思えないし」


 私も大声を出した所為かお陰か妙に落ち着いて来て、怒鳴る気にならなくなる。


「顔を合わせ次第即刻断る心算しんさんであってもですか」


「早計じゃない? まだまともに話してもないのに」


「今日が何の日かお忘れですか」


「いいえ? こんな空模様なんだから」


 いとは右の人差し指を立てると、雪がちらつく曇天を示した。


 町は夜明けと共に四月にも構わず銀世界になっている。雪化粧が施された桜を見かけるたびに、奇怪な美しさについ見惚れていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る