03.「結婚を前提に付き合ってくれ!」


 切っ先が届く前に四本が爆ぜた。


 四本達の横っ腹を突くように誰かが放った、たった一振りの拳を浴びて。


 誰だ? 姿を捉えようと目を凝らすが四本達の血と肉片に阻まれ、堪らず腕を翳して顔を庇う。


 正体の見当が付かない。この町の神管しんかん古要こよう家と末守すえもり家のみなので、加勢が入れば誰の技なのかすぐ分かるのに。


 分からないまま落下し、膝を折って商店街の通路へ着地した。


「さっきの縁談話に話を戻すけれど」


 血と肉片の雨の中、遠く正面方向から向かい合うように立っていたいとが切り出す。雨に汚れないよう、どこかの店から持ち出したのか黒い傘を差していた。いや、隣に立つ誰かに差して貰っている?


 立ち上がって視界の高さを確保すると、傘を差す誰かが目に入った。背を向けた詰襟姿の男だ。背が高い。百六十センチ後半の私が感じるとはかなりだ。巨漢と呼ぶには頼り無い横幅だが、しっかりと体重を支えている立ち姿で鍛えていると分かる。骨格から高校生だろうが、背中だけで誰か分かる程見知った者ではない。


 いとは続ける。


「やっと許嫁候補が決まりそうだから、ゆくゆくはその人と結婚するかもしれない事になったの。その人、わざわざ実家からこっちに越して来てくれて。うちで挨拶を終えて正式な許嫁候補となった後、卒業まで同じ学校に通う事になるから、よすがも仲よくしてあげてね」


 見覚えの無い男が私へ向き直った。


 髪を短く刈り上げた少年だった。きりっとした眉と精悍な眼差しが男らしい。テレビとかでイケメンと取り上げられるスポーツ選手みたいな雰囲気だ。ああいう視点で選手を取り上げる姿勢って、不真面目で不快だけれど。同時に、先程四本達を砕いた誰かの輪郭が、いとの立つ彼と重なる。


 神を拳一つで黙らせた男の隣で、ナポリタンの件を話していた時と変わらない調子でいとは笑った。


「紹介するわ。彼がその許嫁候補、天地あまち凌我りょうが君よ」


 ああ、成る程。道理どうりで神をワンパン出来る訳である。古要こよう家と釣り合うレベルで神管しんかんをやってる家で天地あまちと言えば、全ての神管しんかんの土台となる技を編み出した超名門だ。


 これは自由恋愛するんだと、散々縁談を蹴りまくって来たいとも潮時かな。去年来た許嫁候補も突っねたばかりでこのレベルの男を連れて来たという事はいとの両親とは、娘の意志を無視し人生を支配する覚悟を決めたらしい。候補と言葉を付けているがまず確定だろう。血をよりよい状態で存続させていく事を至上としているのが、神管しんかんの旧家だ。侍女に過ぎない私が口出しして覆る文化じゃない。この天地あまちとかいう男にも同情する。散々な運命なのはいとと同じなんだから。


 古要こよう家の地位を目当てにいとに近付く不釣り合いなボンボンを払う手間が消えるという意味では、悪い事ばかりでは無いとも言えるか。


 天地あまちは私と目を合わせると、歯を見せながら片手を挙げる。


「よっ。お勤めご苦労様ってな。古要こよう家程の名家じゃねえが、そこそこ長く神管しんかんをやってる血筋の天地あまちってもんだ。いきなり呼び捨てにしろとは言わねえが、まーあ名前も覚えてくれると嬉し」


 突然電源が切れたパソコンみたいに天地あまちとやらが黙った。それは作ったような気さくな挨拶の途中で。いきなり目を見開いて固まって。


 いや何で? いとも目を丸くして天地あまちを見上げている。じわじわと寄って来る妙な静寂も相俟あいまって、濃い困惑を覚えた。


 ……な、何? 舌でも噛んだ? まさかさっきの神の残党? 確かに頭と胴体見当たらなかったけれど。


 慌てて跡形も無いアーケードを見上げた。背後も確かめる。何も無い。いや本当に何?


 首を正面に戻すと、天地あまちが目の前に立っていた。


「うおお!?」


 驚きの余り飛び上がる。


 デカいくせに音も無く寄るな! 近付かれて確信したが、身長百八十センチ超えてるぞこいつ!


 天地あまちは何故か、目を幼児のように輝かせ声を漏らす。


「めっちゃ綺麗だ……!」


「な、はい?」


 キモ。急に寄って来るなり何だこいつ。


 思わず後退ろうと片足を引いた瞬間、天地あまちは木刀から離していた私の右手を両手で持ち上げ、私の胸の前で握ると宣言した。


「お前の事が好きになった! 一目惚れだ! 結婚を前提に付き合ってくれ!」



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