02.「私の出番は無しね」
「
「ええ。牛の腸と魚群って、いかにも肉屋と魚屋って感じですし。腐っても祀られていた神の使いなら、元は物体である
狛犬達が走って来る。横並びのまま加速を重ねると地を蹴り、私達へ飛び込むように跳んだ。
アーケード越しに商店街を照らしていた月光が、部分的に消える。
空を見上げた。迫る夜明けに空の隅へと追いやられていた満月が、急速にこちらへ降って来る影に呑まれていく。
木刀から離した右腕を、絃の腰に回して跳び退く。月を呑んで落ちて来た影はアーケードを貫き、砕いたアスファルトを弾雨のように撒き散らした。
更に影から距離を取ろうと跳び退りながら弾雨を
空から伸びた、病人のような色の皮膚に覆われた拳だった。その拳は、肘を見せないままアーケードから天へ消えている程巨大な腕の先に付いている。これがもし樹木なら御神木だ。そんな拳骨を落とされた通路は当然、行き止まり状態。
商店街を抜けた先に広がる林の奥に、廃神社があるからだろう。狛犬も
「私の出番は無しね」
巨大な拳が重機のようにゆっくりと持ち上がり、振り子のようにぐらりと揺れて向かって来る。
拳はアーケードを破壊しながら突進して来る。唸りを上げる拳に掻き混ぜられた空気は暴風となり、肩で切り揃えた私の髪が踊り出した。
月を隠し、辺りを闇に沈めた拳が、私の前髪に触れる。
神とは人でないにも
人間が作ったものだからだ。意思疎通が出来ないと幾ら崇めても届かないし、絶対に勝てない上に自分と懸け離れた姿をした何らかなんて怪物にしか見えない。
捧げれば必ず応えてくれて、理解出来ないものを納得する為の理由となり、安心を与えてくれる。そうでなければ神と認識されないし、神とはそういうご都合主義に塗れた、人間の弱さそのものだ。技術の進んだ昨今では見捨てられ、こうして暴れられている訳だが。そりゃそうだ。育児放棄されたら誰だってグレる。とは言え全滅は御免なので、私達
背中越しに
「対処します」
通路へ飛び出し、引き返して来た拳へ走った。間合いに入れた所で踏ん張り、右手に持ち替えた木刀を左へ薙ぐ。太刀筋は拳の手首を捉え、折れて腕から離れた拳は暴走車のようにシャッター群に突っ込んだ。拳を失い私の頭上を素通りした腕は、驚いたように空高く持ち上がる。
つまりこの神の本体がいる位置は空。
姿を見つけようとアーケードの失せた空を見上げる。ほぼ同時に背後へ急速に迫る気配に振り返った。空へ逃げた腕と同サイズの脚から伸びる爪先の、病的な色の皮膚が視界を吞む。
蹴り飛ばされまいと咄嗟に跳んだ。何とか
全身を風に殴られながら辺りを見渡す。頭上では遮蔽物が消えた満月が見下ろしていて、下界からは巨大な腕と足が私を見上げている。だが腕は肘から上がそもそも無かったし、足は膝から上が無い。それに商店街からでは見えていなかっただけで、胴も頭もどこにも無く、二本ずつある腕と足が宙に浮いていた。巨大なマネキンの一部が漂っているような姿のそれらは、落下して来る私を肉片にすべく我先にと走り出す。
目の端に商店街の周辺が映った。地面は無数の隕石が落下したようにへこみ、潰れた民家の群れが捨て置かれている。
今も接近して来ている神が忘れ去られた怒りにより破壊し殺した人々の住居だった場所だ。下手をすれば
マジにならないとまずいか。
木刀を両手で握った。空を太陽に奪われかかっている満月へ切っ先を向けるように上体を捻る。顔を殴る髪に目もくれず、迫る四本の神へ狙いを定め、反撃を放たんと腕を振るった。
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