02.「私の出番は無しね」


 いとは狛犬達を見据えながら私へ囁く。


家鳴やなりじゃなかったわね。あの狛犬達、商店街に憑いてた付喪神つくもがみでもけしかけたのかしら?」


 丁度ちょうど同じ事を考えていた私は、狛犬達を見据えながら頷いた。


「ええ。牛の腸と魚群って、いかにも肉屋と魚屋って感じですし。腐っても祀られていた神の使いなら、元は物体である付喪神つくもがみを従えられるのも妥当かと」


 狛犬達が走って来る。横並びのまま加速を重ねると地を蹴り、私達へ飛び込むように跳んだ。


 いとかさず片手でスカートの上から腿を叩く。ぽす、と気が抜ける音が鳴った途端、宙の狛犬達は己の前脚で喉を貫き絶命すると、私達の両脇へ落下した。


 アーケード越しに商店街を照らしていた月光が、部分的に消える。


 空を見上げた。迫る夜明けに空の隅へと追いやられていた満月が、急速にこちらへ降って来る影に呑まれていく。


 木刀から離した右腕を、絃の腰に回して跳び退く。月を呑んで落ちて来た影はアーケードを貫き、砕いたアスファルトを弾雨のように撒き散らした。


 更に影から距離を取ろうと跳び退りながら弾雨をなす。最後に顔に迫った拳大のアスファルト片は木刀で払い着地した。右腕はいとに回したまま木刀を構え直し、アーケードを貫通した影の正体を見る。


 空から伸びた、病人のような色の皮膚に覆われた拳だった。その拳は、肘を見せないままアーケードから天へ消えている程巨大な腕の先に付いている。これがもし樹木なら御神木だ。そんな拳骨を落とされた通路は当然、行き止まり状態。


 商店街を抜けた先に広がる林の奥に、廃神社があるからだろう。狛犬も付喪神つくもがみも、同じ方向から私達を攻撃している。付喪神つくもがみもそれをけしかけた狛犬も消えた今、私達を阻むものと言えばそれらの親玉である廃神社の神自身。つまりこの巨腕とは、私達が処分しに来た標的だ。


 いとが両手を勢いよく合わせ、ぱんと鳴らす。三秒そのポーズのまま固まると、涼しい顔で言った。


「私の出番は無しね」


 巨大な拳が重機のようにゆっくりと持ち上がり、振り子のようにぐらりと揺れて向かって来る。


 いとの態度曰く、あの拳の持ち主は聴覚が無い。いとの力は自身が発した音を聞かせた相手を操るものなので、聞き取る機能を持っていない者には効かないのだ。チートスキルも万能では無し。そもそもcheatチートなんだから、不正行為レベルに強いってだけの話だが。つまりこちらの戦力は激減。逃げ場の無い中頼みの綱は、私末守すえもりよすがという一般神管しんかん


 拳はアーケードを破壊しながら突進して来る。唸りを上げる拳に掻き混ぜられた空気は暴風となり、肩で切り揃えた私の髪が踊り出した。


 月を隠し、辺りを闇に沈めた拳が、私の前髪に触れる。


 いとを抱えたまま左に跳び、シャッターを巻き込みながら店へ突っ込んだ。私達がいた辺りを電車のように拳が走り、破壊されたアーケードの破片が退廃的なコンフェッティとなって散る。


 いとが怪我しないよう受け身を取った私は、右腕を離すと店から顔を出した。通過した拳は私達が入って来た側の通路まで到達し急停止すると、また振り子のように引き返して来る。


 神とは人でないにもかかわらず、多くが人間のような姿形や感情を持っている。二足歩行なんてしてるのも珍しくないし、まるで人間みたいだ。


 人間が作ったものだからだ。意思疎通が出来ないと幾ら崇めても届かないし、絶対に勝てない上に自分と懸け離れた姿をした何らかなんて怪物にしか見えない。


 捧げれば必ず応えてくれて、理解出来ないものを納得する為の理由となり、安心を与えてくれる。そうでなければ神と認識されないし、神とはそういうご都合主義に塗れた、人間の弱さそのものだ。技術の進んだ昨今では見捨てられ、こうして暴れられている訳だが。そりゃそうだ。育児放棄されたら誰だってグレる。とは言え全滅は御免なので、私達神管しんかんがいる。


 背中越しにいとへ告げた。


「対処します」


 通路へ飛び出し、引き返して来た拳へ走った。間合いに入れた所で踏ん張り、右手に持ち替えた木刀を左へ薙ぐ。太刀筋は拳の手首を捉え、折れて腕から離れた拳は暴走車のようにシャッター群に突っ込んだ。拳を失い私の頭上を素通りした腕は、驚いたように空高く持ち上がる。


 つまりこの神の本体がいる位置は空。


 姿を見つけようとアーケードの失せた空を見上げる。ほぼ同時に背後へ急速に迫る気配に振り返った。空へ逃げた腕と同サイズの脚から伸びる爪先の、病的な色の皮膚が視界を吞む。


 蹴り飛ばされまいと咄嗟に跳んだ。何とか足背そくはいに着地するも振り落とされそうになってしがみ付き、巨大な足は誰もいなくなった空間へ蹴りを放つ。爪先はアーケードを軽々越え、私は夜明けが迫る空へ投げ出された。


 全身を風に殴られながら辺りを見渡す。頭上では遮蔽物が消えた満月が見下ろしていて、下界からは巨大な腕と足が私を見上げている。だが腕は肘から上がそもそも無かったし、足は膝から上が無い。それに商店街からでは見えていなかっただけで、胴も頭もどこにも無く、二本ずつある腕と足が宙に浮いていた。巨大なマネキンの一部が漂っているような姿のそれらは、落下して来る私を肉片にすべく我先にと走り出す。


 目の端に商店街の周辺が映った。地面は無数の隕石が落下したようにへこみ、潰れた民家の群れが捨て置かれている。


 今も接近して来ている神が忘れ去られた怒りにより破壊し殺した人々の住居だった場所だ。下手をすればいとと私も二の舞になるし、ちょっとこの逆境は無事にやり過ごせる自信が無い。


 マジにならないとまずいか。


 木刀を両手で握った。空を太陽に奪われかかっている満月へ切っ先を向けるように上体を捻る。顔を殴る髪に目もくれず、迫る四本の神へ狙いを定め、反撃を放たんと腕を振るった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る