【完結】神管《しんかん》

木元宗

1

1.死刑宣告みたいな告白

01.「須らく全て打ち伏せる」


 崇めるといい気になって、軽んじると祟って来る神という子供みたいな存在を神聖なものとして管理しているのは結局人間であり、私が属するのはそれを生業として来た由緒正しき旧家であって、令和のご時世に自分の子供へ許嫁だのを未だ用意するクソルールが蔓延しているが、幸い私は免れていた。私達神を管理する仕事、〝神管しんかん〟に就く旧家の中でも名高い古要こよう家次期当主の侍女という仕事があるから。そもそも見栄を張れても中の上が精々な末守すえもり家と縁を持ちたい人間なんて、本当は一般人と結婚して平凡に暮らしたいけれど、血筋がそれを許さないって可哀想な神管しんかんぐらいだし。


 なんて思考が暗い方へ転がっている原因である縁談話をしていた古要こよういとは、やっと女子高生らしく駅前に出来たカフェについて切り出した。烏の濡れ羽色した長い髪に、白くて華奢な身体、悠然かつ上品な振る舞いと、黙ってても箱入り娘って伝わるレベルのお嬢様だから、女子高生らしくなりきれていないのは変わらないけれど。


よすがはあの新しいカフェに行った? 紅茶が凄く美味しかったって、クラスの皆が話してたの」


 クラスの皆? マジか?


「いえ。確か、英国式の紅茶の専門店でしたっけ。半個室もあって、ゆっくり話すには丁度ちょうどいい店だと」


 かつターゲット層が学生では無いだろう高級感漂う店なので、つまりうちのクラスとは相当に優雅なオシャレ集団という事になる。そうだったっけか……? 昨日お調子者の男子の机から、今時珍しい紙のエロ本が発掘されたばかりだぞ? 発掘チームであるイケイケ女子グループが教壇に立ち、そいつで調査報告という名の朗読会を始めようとしたから、即刻いとの耳目を塞いで死ぬ気で教室を飛び出し廊下を駆け抜けたばかりなんだけれど。


 いやまあ、いとにも普通に友達いるし、そのグループを指してクラスの皆って言ったのかな。古要こよう家の一人娘なのに公立の普通科に行くなんて言われた日には馴染めるか不安で仕方無かったが、よかったものである。今だって登校中の平凡な女子高生二人組みたいな雰囲気で歩けてるし。現在時刻は午前五時だし歩いてる場所も廃商店街だが。


 どこからか流れて来た桜の花弁が、足元に舞い降りた。商店街のアスファルトにはうにせたストリートプリントが施されていて、その無様さをわらうように花弁の薄紅色が際立つ。死んでいく事とは醜い。そう思うから、神も信仰心を求めるのだろうか。


 木がミシミシと軋むような音がする。


 三軒先の両側のシャッターの奥からだ。家鳴やなりとは木造に限らず鉄筋住宅等でも起きるものだから、怪奇的な現象ではと怯える必要は無い。という理屈だけで納得してくれるのは一般社会で生きる人々だけで、神管しんかんのような特殊な同業者に、悪質な神の仕業だった場合についての対応について問い詰められると。


 いとは嬉しそうに両の指を合わせると私を見上げる。絃自身は平均身長だが、私の背が高い所為で上目遣いになった。


「そうみたいなの。私もまだだから、今度一緒に行ってみない?」


「いいですよ」


 異音が聞こえていたシャッターが内側から突き破られる。雪崩のように通路へ零れ出すのは、左側のシャッターからは牛の腸、右側のシャッターからは、腐って膨張しているのか嫌に丸くて褪せた死んだ魚群。


 静寂からどことなく清潔感が上っていた夜の闇が、爆発的に噴き出した生臭さに汚される。うごめく牛の腸と腐った魚群がグチョグチョ上げる水っぽい音が視覚的にも不快感を連れて来て、捨て置かれた商店街はグロテスクな異界と化した。


 行く手を阻むように現れた腸と魚群は、歩き続ける私達へ一個のバネのように飛び出す。風切り音が獣のような唸りを上げ、ぐっと増した腐敗臭に、接触まで残り寸刻と告げられた。


 ブレザーのポケットからスマホを取り出していたいとは、検索した画像を向けて来る。


「見て。あのお店の石焼ナポリタン。美味しそうじゃない? 夕方からしか出されてないメニューだから、夕飯も済ませるつもりで行きたいんだけれど構わない?」


「それ目的が紅茶じゃなくてナポリタンになってません?」


 いとは意気込む。


「三杯は食べたい」


 私は呆れて眉がハの字になる。


「こういう雰囲気のお店では浮きますよ」


 見た目に似合わず大食いなんだから。


 迫る腸と魚群が、私達に影を落とし視界を覆った。


 視線を前に投げたいとが微かに舌打ちする。腸と魚群が私達の爪先に触れる間際で、見えない壁にぶち当たるように停止した。腸と魚群は衝撃音を撒きながら、見えない壁に沿うように四方へ広がる。


 背中の木刀袋の封を切っていた私は、抜いた木刀を両手で握り正面へ振り下ろした。かち割るように左右へ打ち払われた腸と魚群は、通路の両脇に連なるシャッターへぶち当たる。シャッターの奥まで突っ込み店内を破壊しているが、それらの奥から更に何かが飛び出して来る気配は無い。


 神管しんかんのような特殊な同業者に、悪質な神の仕業だった場合についての対応について問い詰められるとこうだ。「もし出て来たとしても、すべからく全て打ち伏せる」。


 神を管理する故に神管しんかんと名乗る私達とは全員が、神をも黙らせる理外の力を持つ。中でもいとは最悪。自身が発した音を聞かせた者を操り指一本も使わず自滅させるという、何かの間違いなんじゃないかってぐらい絶対的な力の持ち主。つまりさっきの舌打ちとは、それ以上近付くなというグロテスク共への命令である。一方一般神管しんかんな私はそんなチートスキルなど持っていないので、理外の力を込めて製造された武器で武装しそいつでブッ叩くという、平凡極まりないアシストを入れている。そもそも武装しない神管しんかんなんて古要こよう家のような超一流エリートにのみ許された行為であり、それ未満の神管しんかんがやろうものならド派手な自殺かと思われる。


 一度も足を止めていないいとが、スマホをしまいながら眉をハの字にした。


「だから躊躇うのよねえ。こういうお洒落なお店。美食は満腹になるまで食べちゃ駄目って、一体誰が決めたのかしら?」


 木刀を下ろした私は、いとに追い付こうと大股で踏み出しながら顔を上げる。


 腸と魚群が消えていた。それらが現れた二つのシャッターを通り過ぎてまだ暫く歩いた先、廃神社に続く方の出入り口前で、横並びに立つ二匹の狛犬と目が合う。


 今回私達が処分しに来た神の使いだろう。廃神社の神とその使いである奴らは、自分達を忘れた近隣住民をその恨みから多数殺害している。私達がこの商店街を歩いていたのも、その先の廃神社に向かう為だった。



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