第68話 天使の家

 そして動物園デート当日。俺は前田さんの家に迎えに急いだ。ストーカーが出た以上、どこかで待ち合わせするには危険が伴う。だから、俺が家からガードする。


 前田さんの家に着き、呼び鈴を鳴らす。


「はーい」


 声が響いてしばらく経つと大人の女性が顔を出した。この人はおそらく前田さんのお母さんだろう。


「あら? あなたが中里君?」


「は、はい。紗栄子さんのクラスメイトの中里蒼です」


 初対面だ。緊張する。


「初めまして、紗栄子の母です。うちの紗栄子がお世話になっているみたいね」


「いえ、俺こそいつもお世話になっています」


「それで……おつきあいは順調?」


「は!? いえ、あの……」


「お母さん! もう余計なこと言わないで!」


 奥から前田さんの声が聞こえた。


「あの、俺たち付きあってはなくて……」


「あら、そうなの。てっきり……」


「もう! 黙って!」


 前田さんが現れた。その姿は浴衣だった。


「あ、中里君。ど、どうかな」


「うん、似合ってる」


 ほんとに天使のようだ。


「あら、良かったね、紗栄子。浴衣なんて滅多に着ないから昨日から大変で――」


「だからもう、お母さんは黙って!」


 前田さんはお母さんを奥に押しやった。


「あんまり遅くならないようにね」


「わかってる!」


「はい、必ず早めに、10時には帰ってきます」


 俺たちは家の外に出た。


「中里君、ごめんね」


「いいお母さんじゃないか」


「はぁ。こんなこと初めてだからお母さんが張り切っちゃって」


「初めて?」


「うん、男の子が家に来たこと」


「そ、そうか」


「そりゃそうだよ。私だもん」


「何言ってるんだよ。前田さんは可愛いよ」


「え!?」


「だから、前田さんは可愛いって」


「そ、そんなこと無いから。そういうこと言わないで」


 前田さんは真っ赤になっていた。

 俺も恥ずかしくなってきた。


「と、とりあえず電車に乗ろうか」


「そ、そうだね。今日はちょっと遠いね」


「そ、そうだね」


 俺たちは停留所から路面電車に乗り込んだ。


◇◇◇


 ここから動植物園までは路面電車で30分ほどかかる。席は空いていたので座ることが出来たが、俺たちはほとんど無言だった。


 そして、「動植物園入口」という停留所で路面電車を降りる。そこから少し歩くが、目の前が動植物園だ。夜間開園が開催されるのは5日間限定で花火があるのは今日しかない。そのため、それなりに人も多かった。


「私、動物好きだから今日は楽しみ」


 前田さん、動物も好きだったのか。


「そ、そうか」


「レッサーパンダ見たいな」


 動植物園が近づくにつれ、前田さんのテンションが上がってきた。瞳も輝いてきている。

 今回は俺が入場料を払って入場した。


 入るとすぐに前田さんは檻の前に行く。


「中里君、エゾヒグマにツキノワグマだよ!」


「そ、そうだね」


 前田さんはじっくりとツキノワグマを見ている。ようやく次に進んだ。


「中里君、アムールトラだよ!」


「そうだね。アムールトラだね」


 また、前田さんはじっくり見ている。


「中里君、ユキヒョウだよ!」


「ユキヒョウだね」


 前田さんは一つ一つじっくり見ていくようだ。

 だが、時間に余裕を持って来たとはいえ、このペースだとまだ先は長い。花火の時間までには一段落しなくては。


「うわあ、レッサーパンダ!」


 前田さんはレッサーパンダに釘付けになってしまった。

 確かにかわいくてずっと見ていられるが、周りは子どもだらけになってしまっている。


「ま、前田さん。そろそろ行こうか」


「え、でも……」


「あ、キンシコウが居るよ」


「え? 行こう!」


 ようやく次に進んだ。だが、まだ入り口から少ししか入っていないのだ。


 さらにシマウマとチンパンジーを抜けて、ようやく中央ステージ近くに辿り着いた。ここには金魚すくいがある。


「前田さん、金魚すくいが――」


「中里君! フラミンゴだよ!」


 フラミンゴの方に行ってしまった。前田さんは金魚すくいで遊ぶよりも動物を見る方が楽しいようだ。


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