第64話 天使の気まずさ

 今日は告白後に初めての登校だ。やはり緊張する。

 俺は少し遅めに学校に行き、教室に入った。既に小島有紀と前田紗栄子が居た。


「あ、中里、おはよう」


「お、おはよう」


「お、おう」


 小島はいつも通り挨拶してきたが、前田さんはやはりぎこちないし、こちらを見てもすぐに目をそらしてしまった。まあ、仕方ない。俺は彼女たちに近寄ることはなく席に着いた。


 特に何事もなく授業が進む。前田さんの席の周りは相変わらずだが小島が何とかしてくれていた。


 そして、俺と前田さんは何も話すことなく放課後になった。前田さんはいつもは俺の席に来て一緒に食堂に向かう。が、今日は俺の席には来ず、そのまま行ってしまって俺は教室に取り残された。


 ハカセが声を掛けてくる。


「おい、中里。前田さんと何かあったか?」


「……まあな」


「やはりな。何か今日のお前たち、おかしかったぞ」


「まあまあ、今日はそっとしとこうよ、ハカセ」


 小島がまだ教室に残っていて俺たちの会話に入ってきた。


「やっぱり小島さんは何があったのか知ってるのか?」


「うーん、まあね」


「それを教えてもらうことは……」


「まだ、ちょっと待ってくれ」


 俺がハカセに言った。


「そうか。そのうち教えてくれよな」


「おう、必ず教える」


 そう言って、俺は食堂に向かった。


◇◇◇◇


 食堂に行くと、既に前田さんの隣の席は三枝と桐生に取られていた。仕方ない。俺は三枝の隣に座る。桐生はいいやつだが三枝は何をするか分からない。牽制するためにも三枝の隣に座った。


 相変わらずの質問の多さだが前田さんはてきぱきと答える。俺もできるだけ答えた。いつもなら前田さんと一緒に解説することもあるが、今日は間に三枝も居ることもあり、そのような共同作業はできない。それに、前田さんはあきらかに俺の方を見ないようにしているようだった。


 あっという間に帰る時間になり、小島が来た。俺たちは食堂からぞろぞろと帰る。俺はいつものように前田さんの隣に並んだ。だが、前田さんは俺の方を見てくれない。小島の方にばかり話しかけていた。


「中里」


 無言の俺に三枝が声を掛けてきた。


「なんだよ」


「お前、前田さんに嫌われたな」


「な!? そんなことはない」


「だって、ずっと避けられてるだろ」


「そ、それは……」


 さすがに告白したとは言えない。


「くっくっくっ、いい気味だ。だから場所代われ」


「なんでだよ。ここは俺の場所だ」


「前田さんが嫌がってるだろ」


 三枝が強引に俺を引き離そうとする。それに気がついて前田さんがこっちを見た。


「い、嫌がってないから」


 前田さんが言った。


「へ?」


「嫌がってないから。大丈夫」


「そ、そうか」


 前田さんの言葉に俺は安心した。


「ふん!」


 三枝は場所を代わるのをあきらめたようだ。


 だが、その後も前田さんと何も話すことなく、そのまま路面電車に乗り込んだ。


 電車では俺と小島はいつも通り前田さんを挟んでいる。


「さて、中里。日曜は頑張ったみたいだね」


 小島が前田さんを挟んで話しかけてきた。


「まあな。勇気を振り絞ったよ」


「ふふふ。勇気振り絞ったって」


 小島が前田さんに言う。

 前田さんは赤くなって下を向いていた。


「返事はいつでもいいんだよね?」


 小島が俺に聞く。


「ああ。いつでもいいぞ。じっくり考えてほしい」


「そっか。うーん、紗栄子のことだから結構かかるかもよ」


「いいよ。大丈夫だ。二学期でもいいから」


「そんなに待つの?」


「それぐらいは余裕だ」


「へぇ、辛抱強いね。ぞっこんだ」


 小島が冷やかす。


「まあな、ぞっこんだ」


 俺は認めた。


「いやー、今年の夏は熱いね」


 小島は茶化した。

 前田さんはずっと下を向いていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る