第60話 天使と熊本城

 俺たちはカフェを出て熊本城の天守閣に向かった。


「ここでのチケットは俺が買うからな」


「うん、わかった」


 二の丸広場のチケット売り場でチケットを2枚買い、天守閣に向かう。


「前田さん、大丈夫か」


「はぁ、はぁ、ちょっと待ってね」


 天守閣に向かうまでは坂道と階段が多く、前田さんはかなりお疲れのようだ。途中で休憩しながら進んだ。


 だが、天守閣が近づくにつれ、前田さんの瞳が輝きだし、テンションが上がっていった。


「中里君、あれが大天守閣! そしてその横が小天守閣だよ!」


「うん、それぐらいは知ってる」


「そして、あれ! 今、復旧作業で見られないけど、あれが宇土櫓! 重要文化財だよ!」


「うん、それも知ってるから」


「よし、入ろう!」


 元気になった前田さんは早速、天守閣に続く通路に入っていった。


 復興した熊本城の中は歴史博物館のようになっている。過去の熊本城の歴史が年表と共に書かれていた。それを前田さんは食い入るように読み始めた。


 俺ももちろん見ているが、長い文章も多くさすがに全部読むのも大変だ。ざっと見たら先に進もうとしたが、前田さんはじっくり見ている。そういえば、さっき、じっくり見たいって言ってたな。ここは待つしか無いか……


 たくさんの人が俺たちを追い越して先に進んでいった。だが、前田さんはじっくり見ているからなかなか先に進まない。


 ようやく年表を読み終わったようだが、今度は映像の解説があるところで立ち止まった。


「中里君! 一緒に見よう!」


 映像はまあまあ長い。それを何本か見た。まだここは一階である。


「よし、加藤時代が終わりで次が細川時代ね」


 ようやく、二階に進んだ。ここの情報量も半端ない。俺は立っているのにもう疲れてきたが、前田さんは逆に元気になっているようだ。足取りが軽い。


 三階も同じような感じで、俺はもうクタクタになってきた。ようやく四階に進むと前田さんは復興城主のコーナーで立ち止まった。復興城主というのは熊本城復興のための寄付をした人のことだ。


「中里君、見てて」


 前田さんは操作盤でなにやら入力した。すると、大きな画面に「復興城主 前田紗栄子」と表示される。


「おー、すごいな。前田さん、復興城主だったのか」


「まあね」


 前田さんは自慢げだ。ちなみに復興城主になるためには最低でも1万円の寄付が必要になる。子どもには大きな金額だ。


「小学生の時、お年玉で寄付したんだ」


「やっぱりすごいよ、前田さんは」


「だって、うちの親がこれやってたからうらやましくて」


「そうなんだ」


「でも、ようやく家族以外の人に自慢できた。中里君が初めてだよ」


「そ、そうか」


 何であれ、前田さんの初めてが俺なのはうれしいな。


 そして、俺たちはようやく最上階に辿り着いた。ここは熊本市内を一望できる。


「うーん、やっぱりいい眺め」


「そうだな」


「あ、学校もよく見えるよ」


 俺たちの学校がよく見えた。上から眺めると何か変な感じがする。


 そうやって、いろいろ眺めていると、前田さんのテンションがどんどん下がっていっていくのが分かった。


「ん? どうした」


「最上階まで来たら、今までの疲れが……」


「だ、大丈夫か?」


 前田さんは疲れが一度に来たらしい。


「……甘い物食べて帰ろうか」


「そうだな。とりあえず、降りよう」


「うん」


 俺たちは階段を降り始めた。


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