第59話 天使とランチ

 プラネタリウムを見たらもうお昼の時間が近づいていた。お腹も空いたし、俺たちは博物館を出て美術館のカフェに向かうことにした。美術館は熊本城内の二の丸広場にある。


「ここから美術館へはどう行くんだ? また来た道を一度戻るか?」


「ちょっと行くと二の丸広場に上れる階段があるから」


 少し先に進むと確かにお城の階段があって二の丸広場に上れるようだ。途中の石垣は熊本地震の影響で大きく崩れているが、この階段周辺は復旧して上れるようになっている。


「結構きついな。前田さん、大丈夫か?」


 この階段は熊本城由来の古いものだから幅も高さも違って上りにくい。


「だ、大丈夫だよ。はぁ、はぁ」


 そう言いながら、前田さんは息も絶え絶えと行った感じだ。


「前田さん、体力無いよな」


「うん、運動は、苦手だから」


「でも高校に入って痩せたんだろ? 運動したんじゃ無いのか?」


「全然。お菓子食べるの、やめただけ」


「そうだったのか」


 何とか階段を上りきり、俺たちは二の丸広場に入った。ここは芝生の広場で家族連れも多い。俺たちはその端にある美術館に併設されたカフェに入った。


「前田さん、ここはよく来るのか?」


「少し前に来たぐらいかな」


「そうか。俺は初めてだな」


 前田さんはカルボナーラ、俺はハッシュドビーフを注文した。


 このカフェはガラス張りで、熊本城の天守閣や石垣もよく見える。熊本地震の被害から天守閣は復旧しているが、石垣や周辺の建物などはまだまだ復旧途中だ。完全復旧には何十年単位でかかるらしい。


「そういえば、地震の時は前田さんはどうだった?」


 熊本では「地震の時」といえば2016年の熊本地震のことだ。


「避難所に行ったよ。小学校の。すごく恐かった記憶もあるけど、ずっと本読んでたことを覚えてるかな」


「そうか。うちは避難所には行かずに車中泊だったな。一時は水も出なくなって大変だった」


 俺たちはまだ子どもだったので地震の記憶は恐怖と非日常の記憶だ。街中では地震の被害を思い出させるようなものは既にほぼ無い。しかし、熊本城に来れば、どれだけ被害が大きかったかがよく思い出せた。


「私たちが復興した熊本城を受け継いでいく世代だからって、うちの親が言ってて。だから、熊本城はたまに来てるんだ」


 前田さんが言った。


「そうなんだ。実を言うと俺は天守閣が復旧してからまだ一度も行ったことが無い。恥ずかしいよ」


「そんなことないよ。地元だと逆にそういう人も多いからね。じゃあ、今日は私が熊本城を教えてあげるね」


「頼む」


「でも、今日は私もじっくり見たいから。いつもは親と一緒だとあんまりじっくり見られなくて」


「そうなのか。じゃあ、今日はじっくり見てくれ」


「うん、ありがと」


 前田さんの「じっくり見る」とはどういう意味なのか。このときの俺はそれをよく考えていなかった。




―――――――――

※注:熊本地震は本話公開の8年前の昨日が前震、明日が本震の日です。タイミングを合わせていたわけでは無く、偶然この日にこの話を公開することになりました。

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