第50話 天使と朋美

「紗栄子、一応言っとくけど中里が好きなのは私じゃ無いからね」


 小島が言ってくれた。ナイスだ! 小島。


「え? だめだよ、そんなこと言っちゃ。中里君、困ってるよ」


 前田さんが慌てだす。いや、困ってないから。


「あのね、紗栄子。中里は――」


 小島の話が止まる。


「ん? どうした?」


 小島は俺の背後を見ている。何だろう、と振り返ると棒付きキャンディーをくわえた朋美が居た。


「蒼、話があるの」


「朋美、お前、また言いふらしたみたいだな」


「ち、違うから」


「何が違うんだよ。今朝のことをもうみんな知ってるんだぞ」


「違うの、違うって。話を聞いて!」


 朋美が大声を出したので俺も黙った。


「私は今朝のことは誰にも言ってない。でも、見られていたみたいで……」


「他の生徒か」


「たぶん。私も知らない間に広まってたから」


「そうか……。疑って悪かった」


「ううん。それだけ説明しようと思って来ただけだから。じゃあ」


 朋美は帰ろうとしたが、近くに居る前田さんを見て立ち止まった。


「あなた、確か……陰キャの――うぐっ」


 こいつ、『陰キャの天使』って言おうとしたな。それは前田さんには聞かせられない。俺は慌てて朋美の口を押さえた。


「陰キャ?」


 前田さんが不思議そうに言った。


「いや、前田さん。何でも無いんだ。朋美、お前、言っていいことと悪いことも分からないのか」


「あ、ごめん。前田紗栄子さんだったよね、学年一位の」


「はい、そうですけど……」


 朋美は前田さんを見て聞いた。


「蒼とは仲いいの?」


「あ、えーと、いろいろ守ってもらってて……」


「え? 蒼があなたを?」


「は、はい」


「有紀、どういうこと?」


 朋美が小島に聞いた。そういえば、この2人は知り合いだったな。


「あー、ボディガード、みたいな……」


「ボディガード?」


「そうそう。紗栄子、いろいろと大変だから」


 朋美は前田さんをじっくり見だした。


「な、なんだよ。前田さんに失礼だぞ」


「……確かに清楚な人ね」


「え?」


「お前、何言ってるんだ。帰れ」


 俺は朋美を教室の外に押し出した。


「ふふ。じゃあ、また」


 朋美は自分のクラスに帰って行った。


「中里、あんた今日は厄日だね」


 小島が言う。


「まったくだ。疲れたよ」


「有紀、慰めてあげたら?」


 前田さんが言う。はぁ。さらに疲れてきた。


「え、中里、私に慰めて欲しいの?」


 小島がからかう。


「誰がお前に慰めて欲しいかよ。俺は放課後の食堂で癒やされるからいいよ」


「え? 食堂って、中里君にとって癒やしの空間だったの? あんなに忙しいのに……」


 前田さんが驚いて言う。


「実はそうなんだ。だから、毎日行ってるんだよ」


「そっか。負担に思ってるんじゃなくて良かった」


「そうそう、中里は好きで行ってるんだから。ね?」


 小島が意味深に言った。いいぞ、小島。


「ああ、好きで……行ってる」


 前田さんの顔を見つめながら俺は言った。


「そっか、だったら良かった」


 前田さんは普通に笑顔だった。はぁ、これじゃ伝わらないか。

 前田さんたちが自分の席に戻った後、俺はため息をついた。


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