第44話  みんなで映画

 私、前田紗栄子は映画館に来るのなんて本当に久しぶりだ。いつ以来か思い出せない。勉強ばかりで休日に外出するのもあまり無かったから、中里君が誘ってくれたのは嬉しかった。もちろん、中里君は有紀と一緒というのが主目的だろうから、私も出来るだけ協力したい。


 映画館の座席に着く。私たちは全部で6人だ。横一列の席が取れたので真ん中に有紀と私が座った。有紀の隣に中里君が座るのかな、と思ったらハカセ君が座った。そっか、ハカセ君も有紀狙いだもんね。その奥に有紀の幼馴染みの人が座っている。


 中里君は私の隣に座った。ほんとは有紀の隣が良かっただろうに、親友のハカセ君に今日は譲ったのかな。中里君の隣は茜ちゃんだ。


「紗栄子さん、今日は付いてきてしまってすみません」


 茜ちゃんが言った。


「ううん、茜ちゃんにも会いたかったから嬉しいよ」


「すまん、前田さん。こいつが無理言って」


「中里君、私は茜ちゃん大好きだから大丈夫だよ」


「へへへ、紗栄子さんが私大好きだって。お兄、うらやましい?」


「お前なあ。静かにしてろ」


 ほんと、中里君と茜ちゃんは仲がいい兄妹だ。


 反対側では有紀がハカセ君と話している。ハカセ君はこの映画がどういう映画かを説明しているみたいだ。


「うーん、なんか難しいね」


 有紀が言う。


「そうか?」


 幼馴染み君が話しに入ってきた。


「健司も分かってないでしょ」


「俺は予習無しで映画を見るのが好きなんだ」


「あんた映画とか見ないでしょ」


「み、見るよ。時々……」


「やっぱりね。ハカセは映画結構見るの?」


「俺も頻繁では無いよ」


「でも、見てるイメージある」


「え?」


「頭良さそうだから字幕で見てる感じ」


「まあ、字幕は確かに好きだけど」


「やっぱりそうだ」


 あー、なんか有紀とハカセ君と幼馴染み君、盛り上がってるなあ。ハカセ君はどう見ても有紀が好きそうだ。幼馴染み君もやっぱり有紀狙いなんだろうなあ。


 あれ? 今日の男子3人、全員有紀狙いってこと? さすが有紀。モテるなあ。ほんとにすごいよ。可愛いし、コミュニケーション力も高いし、そりゃそうだよね。


 それに比べて私。今日なんて完全に有紀の付き添いか。私がモテないのはわかってるけど、さすがに凹むなあ。茜ちゃんが居てくれて助かったよ。


「ん? 前田さん、どうした?」


 少し落ち込んでいた私に中里君が声を掛けてくれた。


「あ、大丈夫だよ。ちょっと考え事」


「そうか。悩みとかあったらいつでも相談してくれよ」


「ありがとう」


 中里君は優しいな。でも、ほんとは有紀と話したいんだろうなあ。有紀は今は完全にハカセ君と幼馴染み君の方向を向いているから話しにくいよな。よし!


「中里君! 席代わろうか?」


「え?」


「そうすれば、有紀と話せるよ」


「い、いいよ。俺はこのままで。前田さんも小島が隣の方がいいだろ?」


「私は茜ちゃんの隣がいいな」


「そ、そうか。じゃあ、代わるか」


 中里君と私は席を交換した。よし、これで中里君も有紀と話せるぞ。


「それで、前田さんは今回の映画はどう思う?」


 え、なんで私に話しかけてきてるの? ああ。勇気が出ないんだ。

 ここは勇気を出させるためにあえて冷たくしよう。


「さあ。正直あんまりよくわかんないな。茜ちゃん、今日も可愛いね」


「え? ありがとうございます……」


「茜ちゃん、このあと美味しい物食べに行こうか」


「いいですね!」


 私は茜ちゃんに話しかけて中里君の方は見ないようにした。これで中里君も有紀に話しかける勇気を出すしか無いだろう。ふふふ、私、なかなかの策士だな。

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