呼び名

翠雨

第1話

 宇津木 咲花はなは、新米の除霊師だ。除霊師として有名な家系出身らしいのだが、除霊の能力は低く、様々なアイテムを駆使して仕事をしている。

 咲花としては、大学生の間だけの、割りのいいバイトくらいのつもりだったのだが、初バイトのときに起きてしまったことから、今のままでは除霊師を辞められなくなってしまった。


 パチン!!


 急にテレビがついた。


 プツ、プツ、プツ。


 チャンネルが次々に変わっていく。


 心霊現象だ。


 テレビのリモコンのところに視線を向ける。

 咲花には見えないが、そこには青年の霊がいるはず。

 始めての除霊の仕事のときに、咲花に取り憑いてしまった霊なのだ。

 見たい番組を探しているのか、それとも咲花の邪魔をしたいのか。リモコンのボタンを押しているのか……。


 隣人の部屋で心霊現象を起こして遊んでいたこともあるので、咲花の部屋にいる分には、何をしていても怒らないことにしているのだが……。


 気が散る……。


 出来上がったばかりの、蝋燭がフヨフヨと浮かび上がり、咲花の目の前から落下した。

 この蝋燭、咲花が霊が見えるようになるために必要なものだ。最近は手際がよくなったとはいえ、作るのに12時間近くかかるのに、3分ほどしか持たないのだ。

 バイトのためにせっせと作っているのだが……。


 もうひとつ、蝋燭が浮かび上がって……。

 カツンと落下。


 ダメだ。集中できない。


 蝋燭をテーブルの隅に寄せ、席を立って冷蔵庫を漁る。腰を屈めて、炭酸飲料を取り出すと、目の前を洗ったばかりのグラスがフヨフヨと飛んでいく。


「はぁ~」


 ため息をつき、自分の分のグラスと彼のためのストローを取り出した。


 二人分の炭酸飲料を注ぎ、彼のグラスにはストローを差す。飲み物入りのものをフヨフヨと持ち上げられると、こぼれそうで怖いのだ。


 テーブルの上にランタンを置くと、仕事道具の蝋燭を差して火をつけた。


 グラスの前に座った、青年の霊が姿を表した。

「咲花ちゃん、ジュース、ありがと~。後、蝋燭も~」

 ニコニコと微笑みかけてくる。霊なのに、見目はいいのだ。腹立たしいことに、大学の同級生よりも、この男のほうが整っている。


「邪魔しないでよね~」

「だって、暇なんだもん」

「テレビ、見てればいいでしょ~」

「面白くないよ。咲花ちゃんが話してくれないと」

 なぜかわからないが、やたらと気に入られたらしい。


れいくんは、どうしたら暇じゃなくなるの?」

 しまった……。心に中でこっそり呼んでいた呼び名で呼んでしまった。

「へ?? 何? 何?」

「何があったら、暇じゃないの?」

 咲花のごまかしに気づいて、面白そうに笑う。

「それじゃないよ。なんて呼んだの??」

「だって、名前、覚えてないんでしょ」

 何度聞いても、名前を教えてくれないのだ。

 霊は生前のことを忘れていることが多いと前に言っていたし、忘れてしまっているのではないかと思っている。

「名前、覚えてないなぁ~」

「だから、れいくんで!!」

「しょうがないなぁ、レイ君でいいよ」

ね。思い出したら教えてよ」

「咲花ちゃんがつけてくれたんだし、思い出しても教えな~い」

「もしかして、自分の名前わかるの??」

「へ? なんのこと? そんなことより、俺が暇なのが問題だったんじゃないの?」

 蝋燭は燃え付きそうになっている。

「あぁ~! そうそう! 暇すぎて、他の人にいたずらしないでよね」

「じゃあ、咲花ちゃんが、話してくれればいいじゃん」

「だって、蝋燭……」

 作るのに時間がかかるのだ。

「咲花ちゃん、本当は見え・・・」

 蝋燭が消えた。


 咲花がグラスに口をつけると、レイ君のストローの中を炭酸飲料が上がっていく。

 この日を境に、レイ君と呼ぶことが決まった。

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呼び名 翠雨 @suiu11

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