第10話 カリー屋で

「……結構買うんだな」

「そりゃあもう!! 折角店主さんに来て貰ったので!!」



 来て貰ったというより連れて来られたというのが正しいのだが、エデンはそんな言葉を飲み込み、アイナと共に歩いていた。

 腕一杯に抱える紙袋の中には、沢山の食料が入っている。中には野菜や肉、その中でも干し肉やクッキーなどと言った保存が効く物が大半だ。



(まぁ……節約するっていう事なら納得は出来るが、長旅にでも出るつもりかぁ?)



 エデンはアイナの買う物に、少し疑問を浮かべながら歩く。



「てか、こんな所あったんだな。昨日見なかったぞ」

「此処は地元民の人ぐらいしか知りませんからね! エンタメ通りにある物よりも比較的安いんですよ!!」



 今日アイナと来た所は、エンタメ通りから少し路地へ入った細い通りだった。建物の壁と壁に棒を架け、日避け対策なのか布を掛けており、其々がそこにシートを敷いて商品を並べている。屋台……と言うよりは露店に近いだろう。



「へぇ、こりゃあ良いなぁ……ん?」

「どうしたんですか?」

「いや……このスパイシーな匂いは何だかと思ってな」

「あ、多分アレだと思います!」



 アイナが指を差した先には、何やら人だかりが出来ていた。向かうと、そこにはターバンを巻いた者が粉を並べ、その横にある鍋の中をクルクルと掻き回している。



「南の方で作られていると言う"カリー"という物です。色々な香辛料がふんだんに使われていて口から火が出る程辛いとか。ただ値段が高いので、私達みたいな人からしたら手は出せませんが……」

「へぇ……爺さん、それ2杯貰えるか?」

「て、店主さん!? これ1杯5000ゴールドもするんですよ!?」

「2杯で10000ゴールドだろ? ほら。爺さん、2杯だ」



 エデンが10000ゴールドを渡すと、カリーの店主は静かに頷き2杯盛り付ける。



「へぇ……美味そうだな。ほら」

「え、もしかして私の分もです? 良いんですか?」

「ついでだ」



 アイナにもカリーを手渡すと、エデンはカリーを見つめる。

 色は食べようとは思えない焦茶色。だが、その匂いは否応にも鼻の奥を刺激し、涎が出て来る。



「こりゃあ美味い!」

「うっ! 辛いです〜ッ!!」



 アイナが顔を真っ赤にさせ舌を出す中、エデンは目を見開き輝かせる。

 ガツンとしたスパイシーさの中に、複雑な味が絡み合っている。



「こりゃあ買いだなぁ。爺さん、鍋ごとくれ」

「!!」



 エデンはカリーの店主に50万ゴールドを渡し、鍋ごと魔法袋の中に入れる。店主は口をパクパクとしているが、お構いなしだ。



(それどころじゃない、か)



 横に居るアイナに驚かれるかと思ったが、今は辛さに悶絶中で気付いてすらいない。

 そんなアイナを見てエデンは、近くにあった果物のジュースを売ってる露天を見つけ1つ買うと、口から火を吹きそうなアイナへと差し出す。



「え、な、何ですか?」

「辛かったろ? 奢りだ」

「え!? そんなまた!! 申し訳ないですよ!!」

「良いから。今日良い場所を教えてくれた礼だ」



「ほら、飲め」とエデンは無理矢理にアイナへと手渡すと、アイナはおずおずと果物に刺さったストローに口を付ける。



「! ッ! ッ!!」



 途端にアイナはぴょこんと見えない猫耳を立て、物凄い勢いで頰を窄める。



「よぉーっ! 爺さん! 久々に食いたくなって来ちまった……って!? お前は!!」



 そんな幸せそうなアイナを見ていると、隣から豪胆そうな太い声が聞こえエデンは振り向く。



「んぁ? お前は確か……」



 そこには、門の前の行列で絡んで来た筋骨隆々な冒険者が居た。門の前に居た時の冒険者のような格好ではなく私服で、プライベートで来たようだ。だがーー。



「……誰だ?」



 エデンは目を眇め首を傾げた。



「って! 門の前であったろ!?」

「あー……そう言えば誰かに話し掛けられたか」

「そうそう! あの時親切にも声を掛けてやったDランクパーティー『蒼龍の顎』のリーダーをしている、Cランク冒険者のフィスログ・パーム様だ!よろしくな!!」

「おぉー……よろしくな」



 意外と礼儀正しく、エデンは少し戸惑いながらもフィスログが差し出して来た手を握る。



「お前はカリーを食いに来たのか?」

「おうとも! 依頼でラクトの街から少し離れててな。親父特製カリーは随分とお預け喰らってたって訳よ!」



「ふむ。なるほど」と頷いた後、エデンは悪しからず言う。



「俺が鍋ごと買ったからもう無いが……ま、楽しめよ」

「ちょ、待て待て待て待て。え、鍋ごと?」



 フィスログは店主の方を見て鍋がない事を確認すると、絶望を絵に描いたような表情でエデンを見る。



「どう……楽しめと?」

「……残り香とかかぁ?」

「バカ言え!! 残り香で楽しんだらもっと切なくなっちまうじゃねぇか!!」



 ……どれだけ楽しみにしていたのだろうか。

 エデンは、眼前まで迫るフィスログの顔面に耐え切れず、先程しまった魔法袋からカリー鍋を取り出す。



「おまっ!? カリー鍋!! てかその袋!!」

「あ"〜、面倒臭ぇ……その話は良いだろ。それよりも、お前の望むカリーを1杯1万ゴールドでなら売ってやっても

「買う」



 目があまりにもイってしまっていたフィスログに直ぐに1万ゴールドを手渡され、少し引きながらもエデンはカリーを手渡すのだった。





 エデンとフィスログは、店の前から離れた路地裏で並んでカリーを堪能していた。



「くぅ〜っ! これだこれ!! このガツンッと来る感じ!! いつも通り最高の味だったぜ!」



 フィスログは感無量といった様子で壁に凭れ掛かりながら食べ進めており、エデンはダラけて路地裏に座り込んでゆっくりとカリーを口に運んでいた。

 因みに荷物はもう面倒なので隠そうともせずに魔法袋へと入れ、アイナはエデンの頼みでジュースを買いに行かせている……あんな物欲しそうな顔をされたら誰でもまた飲ませたくなるだろう。



「そういや……今思ったけどよ、あのアイツは居ないのか?」



フィスログの『アイツ』という発言に、少し間を置く。誰の事を行っているのだろうかと思考した後で、この前会った時にもう1人人物が居ない事に気付き、エデンは返す。



「あ〜……アイツは金稼ぎに行った」

「依頼を受けに行ったって事か。エデンはアイツとどんな関係なんだ? これか?」



 フィスログに意味深に小指を立てられ、エデンは見るからに不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、下唇を出した。



「んな訳ねぇだろ。ただの契約相手ってだけだ……てか、そんな事よりあの時お前らの仲間が言ってた『卑怯者』ってのはどういう意味なんだ?」

「あー……アレ、か」



フィスログは豪胆そうな顔から、何か不憫だと思っているかの様な表情を浮かべ言った。



「お前には言っといた方が良いか……それはなーー」



 エデンはそこでラクリスが何故『卑怯者』と言われているのか知る。

 公爵家の地位を利用したランク上げ行為の疑い、そしてDランクパーティー『蒼龍の顎』との決闘での敗北。それを聞いたエデンは顎に手を当て少し考えた後、口を開く。



「……Cランクだとしたら実力は申し分ねぇんじゃねえか?」

「……身の潔白を証明する決闘で負けちまった。その決闘を一般の人も含めて、多くの人が見届けちまった。それが、事実だ」



 フィスログは重苦しく、言葉を吐き連ねる。

 公爵家の令嬢が地位を利用してのランク上げをしたかもしれない、その潔白を晴らそうとする決闘なんて、良い酒の肴になるだろう。



「……だが、決闘を見てなくても分かるぞ。アイツ、様子が可笑しかっただろ?」

「あぁ……やり始めて直ぐに足が動いてないと分かった」

「? なら何で『卑怯者』って言うんだ?」



 エデンが問い掛けると、フィスログは一息付いた後カリーをかき込んだ。



「…………全てが終わった時にはもう遅かったんだよ。アイツらもCランクに勝った、悪事を暴いてやったという事で頭が一杯……それに促される様に会場はアイツが負けた事にヒートアップ。大衆は嘘ほどよく信じ流される。そしてそれを正すには流れに逆らう以上の強さが必要だってこった」



 フィスログは何処か遠くを見つめる。

 通りからの雑音が目立って聞こえて来る中、エデンはフィスログを一瞥した後にカリーをかき込んで、勢い良く立ち上がる。



「流れに任せてたら……いつか自分を見失うぞ」



 エデンはまるで自分にも言い聞かせているかのようで、何処か悟っているかのような口ぶりだった。そして、それを聞いたフィスログは口を引き結び黙り込んだ。

 そして、戸惑うような間が空いて数瞬。



「や、やめて下さい!!」



 もはやエデンには聞き慣れた快活な少女の声が間を破り、エデンはフィスログを置いて直ぐにその聞こえた方向へと向かった。



 ◇



「まさか……店主さんがこんなにお金持ちだったなんて」



 アイナはエデンから渡されたお金が入った袋に視線を落としていた。

 口を開けてみれば、アイナが見たことの無いような金色の硬貨がチラホラと入っている。



「これ……光金貨ってやつかな? 初めて見た……」



 光金貨は1枚で10万ゴールドという普通の庶民にはお目に掛かれない代物だった。

 それを見てアイナは目を白黒させていると、先程エデンが買って来たであろうジュース屋に着き、ごくりとアイナは喉を鳴らす。


『俺達の分とお前の分、合わせて3つテキトーなの買って来い』

『え!? い、良いんですか!?』

『おう、これで好きなの買って来い』


 と、言われて渡されたのが、今のアイナの手持ちである。



(好きなのって、この1番高いトロピカルハイパージュースでも良いのかな……いや、でも、……)



 アイナがオロオロと買うか迷っていると、後ろからある者達が近寄る。



「おいおいおい、こんな所で何したんだアイナ〜?」

「あ……ゴンザさん」



 粗相を起こしそうな胡散臭さが漂う、大きな鼻にベタついた髪、異常なまでに瘦せこけた頰が印象的な男ゴンザが、アイナの肩を掴む。

 ゴンザの背後には悪人ヅラな5人の男が並んでいる。



「え、えっと、宿屋に必要なもののお買い物をしててですね」

「ほぉ〜、宿屋にジュースが必要なのか〜? ん〜?」



 アイナは焦っているのか、取ってつけたような口調で言い繕う。それを知ってか、ゴンザはにちゃあと笑みを浮かべながらアイナを見た。



「これは、何だ〜?」

「あ!」

「……こんな大金いつから隠し持ってたんだ〜?」



 ゴンザはするりとアイナの手から袋を奪うと、中身を見て眉間に皺を寄せた。



「そ、それは人から借りた物です! 返して下さい!!」

「あーあ。お母さんが今も一生懸命働いてるのに、娘はスリして豪遊か」



 アイナは袋を取り返そうとピョンピョンと跳ねるが、ゴンザはどこ吹く風で、袋を掲げて届かないようにしている。



「盗んでもないし、豪遊もしてません!! 返して下さい!!」

「ん〜……いや! これは衛兵に届けた方が良いだろう! 俺が責任を持って届けてやる!」

「や、やめて下さい!」

「『や、やめて下さい!』って……お前の事を衛兵に突き出さないだけ有難いと思えよ?」

「ッ!!」



 ゴンザはアイナの声真似をしたのか高い声を出した後、目を座らせアイナを見た。背後には、5人の男が手の骨を鳴らしながらニヤけている。

「変な事を言ったら、分かってるな?」とでも言いたげな男達にアイナは口を噤む。



『これだと生きていけな〜い! 』ってお前らが言うから、態々アイナの母さんに仕事を斡旋した。そんな俺に一体何を言ってんだが。なぁ?」



 ゴンザは自分の背後に居る男達に問い掛けた、そのつもりだった。だが声は返って来ず振り返ると、そこには地面に倒れ伏している5人組。

 そしてその中心には、黒の外套を被った長身の男が立っていた。



「見た限り、お前らがそんな良い奴らには見えそうに無いんだがぁ? てか、それ俺の財布だろ。返せ」

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