第1章 災厄は天を見上げ、令嬢は価値を見出す。

第1話 切り火屋店主

「エデン。お昼よ」



 窓から真昼にしか入って来ない日差しが差し込み、逆さ吊りになっている拳大の蝙蝠から声を掛けられる。そして、



「……ちっ、もうかぁ。これもダメだ」



 石と虫眼鏡を手に持っていた煙ーーエデンと呼ばれるそれは、話す蝙蝠を気にも止めず、石を放り投げ椅子に深く腰掛ける。



「コラ、乱暴にしない」

「うぃ〜」

「またそんなテキトーな返事して……片付ける私の身にもなってよ。これだから石バカは……」



 何処かお母さん口調の蝙蝠"ヨル"に、気怠げに手を振って返事をする。

 助手兼親代わりであるヨルは、滑空し地面へと降りると、魔法で石を隅にあるゴミ箱へと運ぶ。



「そんな事よりもよぉ……太陽って無くならねぇかな?」

「溜めて言った割にはバカみたいな事言って……アンタはすぐ石や金属に夢中になって時間忘れるんだから丁度いいの! 早くシャワー浴びて来て!!」



 差し込む日差しに手を翳しながら嫌々とエデンが呟くと、ヨルが分かりやすく溜息を吐く。


 時間が分かる様に太陽の日差しまで計算に入れ、作成・構築されたこの家兼店は、『遊猟の森』の中心地にある木造の2階建。

 近くにある街には徒歩3時間以上。周りに道、勿論家などは存在しない、所謂辺境、遊猟の森の中心地を加味すれば魔境に存在していた。



「はぁ、どれもこれも今まで見た様な石ばっかだし………そろそろ此処も替え時だよなぁ」



 エデンは目を細めながら首に手を当て1階のキッチンへ向かう。そして棚の中にあるコップを手に取ると、保存していた緑茶を入れ一気に呷る。



「取り敢えず、シャワーだ」



 エデンはテキトーにコップを置くと風呂場へと移動する。

 昼は石の採掘等を明るい内に終わらせ、夜に石の鑑定を行う。睡眠は削りに削って脅威の2時間に済ませると言う鉱物バカぶり。シャワーは開店前のリフレッシュ、日課の様な物だった。



「えーっと……これが頃合か」



 エデンは風呂場に着くと、樽の中から薄紫色をした漬物石程度の大きさの石を手に取る。


 此処は森の中、勿論水道など通っていない訳だがーー



「ふっ!」



 バキッ ブッシャーーーッ



「ぶふぅっ! ちょっと勢いよく砕き過ぎたか!」



 石から湯気を立て、お湯が飛び出す。


 その名も『温水石』

 湿潤な大地から得た水を内側に取り組み、濾過する性質を持つ。色は青から紫、赤と色を変え、溜め込んだ水温によってその色を変える。貯水量は石の大きさによって変わるが、今砕いたのは500リットルは貯水出来る物だった。



「少し勢いは強いが、逆にサッパリするから良しとするかぁ……」



 エデンは石を高い所に置き、体全体を洗う。

 そして数分後。風呂から上がって水気をとる様に頭を振り、布で身体を拭きながら徐ろに洗面台にある鏡を見つめた。



「………はぁ」



 身体を洗い流したことによってか、不思議と人型の紫煙は収まり、その者の姿を現す。


 夜天の様な漆黒の毛髪から水が滴り落ち、白雪の肌に凹凸の目立つ引き締まった肉体、地獄の焔を彷彿とさせる紅の瞳が見え隠れする。

 容姿は良く、精悍な顔立ちをした少年が……いや、ダラけ切った少年がそこには立っていた。



 そしてーー。



「ちっ……」



 肌からこれまたが溢れ出す。それはまるで人の形を模した煙。

 その伝説と言われる悪魔の様な風貌に、エデンは自然と舌打ちを鳴らした。


 本来の容姿なら、この世に何人も居るだろう。

 しかし、身体から噴き出す毒々しいとも言える"紫煙の魔力"が、周囲の人達を、戦慄、畏怖させる。それはエデンの生に置いて多大な影響を与えていた。



「まぁ……いつも通りだな」



 エデンは煙を噴き出す肌の上へと、特別発注した黒い外套を羽織った。するとその外套を着た瞬間、煙が外套へと吸収されて行く。



「よし。これで良いな」



 この外套は珍しい魔物の素材で作られた物で、この世に2つとない代物だった。


『吸魔の外套』

 普通なら人を拘束する時に魔法を封じる鉱石。そんな鉱石を外套に練り合わせて作った、エデンにしか必要とされない物だった。


 フードまでしっかりと被り、煙を吸収させる。

 そしてお湯が出しっぱなしになってる温水石を持って、家の外にある大きな樽に無造作に入れる。すると温水先のお湯はドンドンと樽へ溜まって行く。

 温水石は砕けたらそれ以降は水を吸収する事はない。そして止まる事もない。しかし何リットルも入る上に重さが変わらないと言うのは、いざと言う時の為に持っておきたい、旅人からは重宝される物だ。



 だが、これはエデンにとってゴミに等しい代物だった。



「……俺が探してるのはコレじゃねぇんだよなぁ」



 不満タラタラに大きく伸びをして呟き、2階に視線を移す。そこではヨルがセッセッと動いているのか見て取れる。


 そんな時、店の扉がチリンチリンッと音を立てる。



「んぁ? もうそんな時間か? おうおう……相変わらず時間ピッタリなこった」



 エデンは大きな欠伸を噛み殺しながら店内へ入り時計を見て、引き気味に答える。

 入り口には、フルプレートを着ている金髪の大男が佇んでいる。



「ふん。私はお前と違って約束を違えないのでな。どうせ今日は偶々直ぐそこに居たんだろう? いつも近くで待っていてくれるとありがたいのだがな」

「うっせぇねぁ"ラスト"……俺は俺の勝手にやる。文句があるなら此処に来るんじゃねぇよ」

「むっ……すまん」



 ラストは少し眉間に皺を寄せながら頭を下げる。

 真面目な堅物、それがラストという人間であった。嘘は吐かず、一本の芯が入った正義感。エデンとは正反対、騎士と言われればこの男、タバル王国で唯一の『聖騎士』の称号を授かった、第10代聖騎士長ラスト。

 20代後半という若さながら、何十万という精鋭騎士の団長も任せられている。しかし、それに臆する事なくエデンは気楽に話す。



「で? 今日ものか?」

明後日あさって王の前で御前試合があってな。その相手が中々の強者らしく……その次の日から王女の隣国への留学の護衛に付き合うのだ。何も問題はないだろうが念の為いつもよりも強めで頼む」

「はいよー……てか、お前が強者って言うなんてなぁ」

「元々私の"魔法"は1対1に向いていないからな」



 魔法。

 それはこの世の誰もが使える可能性を秘める技能である。人によって使える魔法は大体、生まれてきた時に神から与えられた1つ。

 それぞれ扱える魔法は異なり、効果は千差万別。弱い物も有れば、強く、王国最強の聖騎士にまで昇り詰める事が出来る魔法を会得する事もある。


 その為、この世界には魔法使いと言う職業が存在しない。

 誰もが魔法使いなのだから……。



「それにしても、また面倒な所に店を構えたものだな」



 エデンを横目に、ラストは面倒臭そうに眉を八の字に変え、窓の外を見ながら呟く。



「まぁ、それなりの場所じゃなきゃ俺の店は上手くやっていけねぇからな」

「上手くやっていかないのはお前の怠慢の所為だろう。この店なら王都にでも出せば大繁盛だぞ?」



 エデンは肩をすくめて言った。



「……大繁盛なんかしなくて良いんだよ。1月に1人、客が来ればそいつからふんだくればいい」

「はぁ……損な奴だ」



 ラストに背を向けながらも、エデンは淡々と準備を進める。


 立っては座ったりーー。

 足踏みをしたりーー。

 空気椅子をしてみたりーー。

 


 そしてーー



「準備出来たぞ」

「分かった」



 そう言うと、2人は店の座敷の上で向かい合って立ち並んだ。

 ラストは少し緊張した面持ちで、エデンはいつも通り怠そうに、両手に石を持った。


 左手には特別な金属を、そして右手にはーー




「『騎士王の心石』」



 手には濃い蒼色をした石が握られていた。

 どこか深く、心を落ち着かせる様な色で丸みを帯びたそれは爛々と光り輝いている。



「行くぞ」

「あぁ」



 カッ! カッ!



「付与」



 エデンは力強く石同士を擦り合わせる。

 すると、ラストの頭上から光り輝く蒼色の粉の様な物が降り注いだ。

 側から見れば"神からの祝福"の様にも見えるそれは、自然とラストの身体に吸収されて行く。






 鸞翔鳳集らんしょうおうしゅう

 その店には、自然と優れた者達が集まる。


 その店の店主が良い人だから?

 違う。


 安く提供してくれるから?

 違う。

 



 石を擦り合わせ、火花を散らすだけの『切り火』。それなのに何故集まるのか。



 それはーー



 その店で、強者が求める程の多種多様な効果が与えるから。



 悪魔から祝福を貰う……その名も『切り火屋』。




「相変わらずの効果だ。ナイフも体を通さんとは」




 そこはあらゆる願いを叶えてくれると言う。

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