第2話 公爵令嬢との出会い
「その効果いつもより早く切れるからなぁ」
切り火をし終わった所為か、エデンは怠そうに忠告した後、カウンター後ろの座敷に座り込む。
エデンが今やったのは、ただの火打ち石の"騎士王の心石"と、"フルメタ"による切り火。
ただ普通とは違うのが、特殊な石、金属を使っている事。
そしてエデンのある能力、いや、"呪いの力"によって不思議な効果をもたらすという事だった。
「3ヶ月程持てばそれで良い」
ラストは緊張が解けたのか、そう言いながら大きく息を吐いた。
「まぁ、それは置いといてだぁ……」
エデンは大きくニヤけながらラストを見る。
「あぁ、分かってる。いくらだ?」
「そうだなぁ……まけて"8000万ゴールド"ぐらいか?」
「ふむ。そんなものか」
8000万ゴールド。此処に来てものの数分、ただ切り火を行っただけ。それなのに豪邸を建てれる程の金額、流石は国を代表する騎士団長と言ったところか。
ラストは腰の巾着袋から両手から溢れんばかりの金貨の入った袋を出す。
「うぃ〜、毎度あり〜っと」
「ふむ………やはりウチに来ないか?」
エデンが袋の中身を確認している間、ラストは考え込む様に顎に手を当て呟く。『ウチに来ないか?』と言うのは腐った女共が喜ぶ様な話ではなく、ウチの国に来ないか? という意味だろう。
「おいおい、それは前も断ったろって」
「それでも、な」
「俺の名前も知らねぇ癖によ、よくそんな事が言えたもんだ」
「それでも、だ」
その言葉にエデンは肩をすくめて応えると、ラストは眉を八の字にして笑う。「やって貰っているだけマシか」と納得した様子だ。
「うしっと……俺はまた石でも調べっか〜!」
「本当にお前は石が好きなのだな……」
「それを言ったらお前も剣が好きだろ? それと一緒だよ」
騎士にとって剣とは、大事な商売道具。エデンにとっては石が大事な商売道具なのだ。
「なるほどな……それなら、タバル国の何処かに貴重な石が眠ってるというのは聞いた事があるか?」
「は? 貴重な石?」
「あぁ。昔、タバル国を滅ぼさんとした幻の龍を討伐した際に出来た"緋石"があるらしい。それは大国を何千年も動かすエネルギーがあるとか。何の書籍も見た事は無いが……火のないところに煙は立たないと言うだろう?」
「へー……何千年ものエネルギーねぇ?」
「興味があるなら1度王宮に出向いてだな、本格的に情報をーー
「あ"ー、騙されねぇぞ。俺は行かねぇからな」
「ふっ、残念だ。気が向いたらいつでも来ても良いからな。『幸せを運ぶ悪魔』よ」
ラストは鼻で笑った後踵を返し、店から出て行った。これで当分はお客は来ない、つまりは石を調べ放題という事だ。
エデンは背伸びをしながら、階段を上がって自室の扉を開いた。するとーー。
「まだ掃除終わってないから! "試し石"にでも行って来なさい!!」
三角巾を被ったヨルに、店から追い出されるのだった。
*
自分の店から木々を飛び移って移動しながら思う。
「今回は取り敢えず外の方で試すかぁ」
部屋を汚くし過ぎた所為でヨルは激怒。
試し石で持って来た石も手に持っている1つの黄緑色の石だけ。しかも今回持って来た石は中の下程度の効果しか見られない、そう判断し、森の端にいる弱めの魔物がいるであろう元へ向かう。
「金属は……あったあった。『フルメタ』」
腰に回していたホルダーに入っている鈍い鼠色をした球体を取り出し、エデンは口角を上げる。
『フルメタ』
それはエデンが勝手に付けた金属の名前だ。どんな石とも反応して火花を散らし、効果をもたらす汎用性の高い金属。硬度はあり得ないぐらい硬い。
「忘れ物はなし……後はまぁ何とかなるだろ」
エデンは軽やかに先へと進んで行く。
そしてそれから1時間が経った頃ーー
「……やっべぇ、めんどくさくなってきたかも」
エデンは遊猟の森の外側にある大木の枝の上。幹を背もたれにボーッとしていた。
上には雲一つない青空が広がり、少し暖かい風が近くにある木々の葉を優しく揺らしている。
(何かめちゃくちゃ怠くなって来たし、此処で休むかぁ? 帰ってもヨルからの説教が待ってるだけだし……アリ寄りのアリ過ぎる)
エデンは怠惰でめんどくさがり屋で、自由だった。その店の主人とは思えない考えは、圧倒的に店の経営には向いていない。
「よし、決めた。俺は此処で『大木の枝の上で休む際、どんな事に気を付けるべきか』を考える事にしよう。ヨルに怒られる未来が見えるが……知ったこっちゃない」
最悪な未来を予想しながらも、眉を顰めて目を閉じ考え込む。
(はぁ……こうやってれば自然の音が聞こえて穏やかな気持ちになるなぁ。油断してればいつの間にか寝て、地面に叩きつけられるかもしれないから注意も必
ドスンッ
そんな時、丁度下の方で大きな音が鳴った。
「……あ"ー、アレは"ネコ騎士"か。こんな朝っぱらから元気なこってぇ」
エデンが口をへの字にしながら下を見ると、そこにはBランクのキメラナイトが居た。キメラナイトの事を"ネコ騎士"と表す辺り、エデンの余裕が伺えた。
「んー……まぁ、折角下に居るし"試す"かぁ」
エデンは寝起きのように顔を緩めたまま、腰のホルダーから黄緑色の石、そしてフルメタを取り出すと、それを両手に持って大きく手を広げた。
「さぁて……鬼が出るか、蛇が出るか」
そう呟くと同時に大木の枝から下へと飛び降り、持っていた石とフルメタを強く、そして速く擦り合わせる。
カッ! カッ!
すると火花が散り、目の前にある物が現れる。
ブウオォォォンッ!
それは静かに、しかし凄絶なまでの迫力を持って発生した。
透明でありながら空間を歪ませる力があるため形が見て取れる、三日月の刃。全長は3メートルと言った所だろうか。中には数千の細い糸のような物が無作為に何度も交錯している。
「風の刃を発生させるのか。触れただけでもスッパリ逝きそうだな」
それをエデンは観察すると、目前まで迫るキメラナイトへと視線を移動させる。
「さて、此処までは特に珍しくない効果だ。此処から何を見せてくれるのか、楽しみだなぁ」
エデンは獰猛とも言える笑みを浮かべた。
透明な刃は、エデンの目の前に固定されたかのように動きを見せず、停滞したままだ。
「放出」
そして空中でエデンが呟いたと同時に、目の前の刃が無くなる。
いや、目の前の刃は無くなっと錯覚する程のスピードでキメラナイトへの首へと吸い込まれて行った。
シュイン
どこか金属を擦り合わせたかのような鋭い音が鳴り響き、キメラナイトの首は半ばまで切断され、血が噴き出す。
(切れる以外の効果としては……特に見当たらないな)
キメラナイトの傷痕を見た後、エデンは分かりやすく大きく溜息を吐いた。
「イマイチ、か」
見た所、効果はキメラナイトを殺す程度の刃を作り出す、それだけの効果。エデンにとってこのような石は何処にでもあるような、そんな石に過ぎなかった。
(さて、試し石も終わったし、本格的に枝の上で寝る際の注意点をーー)
エデンが木の上へと帰ろうと踵を返した瞬間ーー。
「す、すみません!」
それと同時に甲高い声に声を掛けられる。
振り返り、声の聞こえたキメラナイトの正面ら辺を見てみるとそこに居たのは、座ったまま此方を見上げる金髪の美少女の姿だった。
肩上で切り揃えられた短い金髪は活発さが、引き締まり鍛えられた体からは俊敏さが見て取れる。キメの細かい肌、整った鼻筋に骨格。少し潤んだ慧眼の目が、か弱い少女を彷彿とさせる。
「んぁ? アンタ誰だ?」
「あ、えっと、私! ラクリス・アルザックと申します! 助けていただきありがとうございました!!」
ラクリスはそう言って頭を精一杯下げる。
「助けたぁ? 何を……あ"ぁー、いやぁ、どういたしまして」
一瞬顔を顰めるが、今の状況で助けられたと言うと、エデンはそれを直ぐに理解する。
試し石をしていると、何年かに1度ほどこの様な状況に陥る事があった。
(服装からして、冒険者って所か。実力はネコ騎士の傷を見るに……Cランクぐらいか)
「ほ、本当に助かりました。あのままだったら私、どうなっていた事やら……」
「そうかぁ……じゃ、まぁ俺はこれで」
「ま、待って下さい!!」
早く『大木の枝の上で休む際、どんな事に気を付けるべきか』その考察をまとめたかった(早くダラけたかった)。尚且つ、初対面の者と出会う機会など最近なく過ごしていた、エデンはそんな油断からか、外套の裾を引っ張られフードが滑り落ちる。
「え!? あ………悪魔?」
「あ……」
その瞬間、エデンからは紫煙が解き放たれ、近くにいたラクリスの視界を一瞬にして閉ざす。
そこは世界でも有数の危険地帯『遊猟の森』。高ランクの魔物が昼夜問わずに暴れ回る森。
今日そこで、ある少年と少女が出逢う。
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