異端の災厄
ゆうらしあ
プロローグ
アルザック公爵領にある
その噂は2年程前から、ゆっくりと大陸全土に広がり、全員の興味を引いた。
幸せを運ぶ悪魔? 幸せと悪魔は程遠い単語の筈だ。昔から悪魔は人を襲い、喰い、陥れると言う災厄の1つ。
目に見えるオーラを漂わせ、人間と差異のない身体を持ちながらも数十倍の力を持ち、数多の魔法を使って1ミリの善意もない悪で人を不幸に陥れる。
昔のある国の記録からは、悪魔が1人召喚された時に『水と光の国エルヴ』『機械仕掛けの国アルフレン』『騎士の国タバル』が戦力を結集させたが、3カ国共滅ぼされたという記録がある。
だから国民達は思ったのだ。そんな馬鹿な話がある訳がない、何かしらの比喩表現か寓話だろう、と。
しかし実際に悪魔の目撃情報はある。それも複数件あり、しかも全て信憑性の高い証言であった。
悪魔なんて伝説の存在。現れる訳がない。
だが目撃した者曰く、黒いローブに身を包んでいた。
曰く、背中から大きな翼があり、空を飛んでいた。
曰く、口から火の玉を出していた。
曰く、手から黒い球体を出して遠くへ飛ばした。
等々…………中には見た事も無い魔法を使っていた、と言った者も居たらしい。
"幸せを運ぶ悪魔"なんて本当に実在するのだろうか?
「此処が幸せを運ぶ悪魔が現れると言われる遊猟の森……」
そんな噂が飛び交う中、騎士の国タバル、アルザック公爵家、公爵令嬢"ラクリス・アルザック"は、遊猟の森の天高く聳え立つ木々を目の前にしながら呟いた。
遊猟の森は大陸でも屈指の危険地帯。Cランク以上の魔物しか存在せず、それ以下のランクの魔物は生きる事さえ出来ないと言われる森。
そんな所にラクリスは1人で訪れていた。
「私もやっとCランク冒険者になった……」
15歳にして、Cランク冒険者というベテラン冒険者まで駆け上がったラクリスは天才と言えるだろう。
しかしーー
「私はもっと生きたい……生きなければならないのです!!」
天才と言えども病には勝てなかった。
冒険者稼業を始め、今まで権力ではなく実力で周りを認めさせて来た彼女は、権力で見られる事を嫌った。
しかし、公爵令嬢という権力を使い、至る所の名医に診て貰う程に……災厄と呼ばれる悪魔に頼る程に、追い詰められていた。
対処法すら分からず、身体をジワジワと蝕んで戦闘に異常をきたす……そんな自分の身体に嫌気が差し、こんな噂にまで手を出してしまった。
「私は死ぬ訳にはいかないのです! 増してや病で死ぬなんて……!!」
ラクリスは拳を強く握り、覚悟を決めたのか、顰めっ面で遊猟の森へと入って行く。
しかし、そこですぐに引き返せば良かった。
遊猟の森。そこは帰ってくる人が居らず、それ故行く人が居らず、情報が極端に少ない。
ただCランク以上の魔物しか出ないという情報しかない。
ラクリスは、重要な、数少ない者しか知らない情報を得ていなかった。
普通、魔物は夜行性だ。ランクが高い魔物程、狩りがしやすい夜に動く事が多い。それを考慮して、ラクリスも真昼に遊猟の森へとやって来た。
だが、遊猟の森は世にも珍しい全行性。朝・昼・夜、関係なく魔物が動く地獄の森。
ラクリスはすぐにそれを知る事になった。
ドスンッ
「ッ!!」
目の前には自分の何倍もある魔物、顔の周りに生えている立髪は真っ黒に染まり、口からはポタポタと地面を腐らせながら溶解液の様な物を出していた。
上半身は猛狂う猛獣、下半身はしなやかなな脚を持っている獣、尻尾は丈夫な鱗に双眼と意志を持っている爬虫類。その名もーー
「何でBランク上位の"キメラナイト"がこんな時間に……!!」
地面を転がり攻撃を避け、腰に携えていた長剣を構える。
Bランク上位の魔物とは、街を滅ぼしてもおかしくないレベルの強敵。そんな魔物がこんな真昼に出る訳がないと踏んでいたラクリスは、動揺を隠せないでいた。
「ガアァァアァアァッ!!」
「キャッ!!」
キメラナイトの地鳴りの様な身体の奥底まで響く鳴き声に、体が強張る。
「こ、こんな所でっ!!! 『風魔法』エアスラッーー」
気持ちを奮い立たせる為、大声を上げて剣を振りかぶり、魔力を纏わせる。
冒険者は12歳から登録が出来る様になる。
それから3年の月日が経ち、ラクリスは多くの魔物と戦った。そして勝利し、大きな自信と実力を得た。
しかし、Cランク冒険者がベテランと言えど、彼女には圧倒的に経験が足りなかった。
ガキンッ
「……え?」
上段からの渾身の一撃。
それは自分が届く範囲のキメラナイトの動きを阻害する、足の関節を狙った攻撃だった。
それが甲高い音をして弾かれ、折られた。何も防御の姿勢を取った訳でもない、自然な姿勢で。
「な、う、嘘」
自分の剣を見て呟く。
遊猟の森が危険地帯と言えど、天才な私なら何とかなる。
ラクリスはそう思っていた。しかし、現実はそうは行かない。
この前有名な鍛治師に頼み込んで作った剣は中腹から折れ、キメラナイトの足には少々形が変わったであろう毛皮が見て取れた。
「……どうしろって言うのです」
今から逃げるにしてもこの体格差、スピードに自信があっても歩幅が違い過ぎる。それに病でスタミナも落ちている。
ラクリスの気持ちは切れ、自然と膝が笑い始め地面へと座り込む。
それと同時に顔を上げると、そこに居たのはニヤけた笑みで見下ろすキメラナイト。
(こんな事になるならもっと必死に修行をしておけば……)
悲観そうに眉を顰め、ラクリスが死を覚悟し目を閉じた瞬間。
「ーー」
シュイン
どこか透き通る様な静かな金属音が鳴り響く。
それに反応し、ラクリスは目を開けた。そしてそこで待っていたのはーー
鮮血ほとばしる、この世とは思えない光景だった。
キメラナイトの首は半分まで切れ落ち、血の雨が降り注ぐ。先程までニヤけていたキメラナイトの顔からはもはや生気が感じられない。
(え……?)
混乱するラクリス。
そこで時間が遅れてやって来たかの様に、キメラナイトは轟音を響かせ倒れる。
同時にラクリスの視界には、あるものが目に入った。
ーー誰かがキメラナイトの頭に乗っている。
大柄な身をしたその者は黒いローブを身に纏い、両手には拳大の石を持っていた。
「イマイチ、か」
後ろ姿で何も見えない。しかし声から人だと言う事は分かった。
現実は非情で、残酷で、何も上手く行かない事の方が多い。
しかし、偶に現実でも"奇跡"は起こる。
「す、すみません!」
「んぁ? 誰だアンタ?」
この日、ラクリスは良くも悪くも、自分の運命を変えた。
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