第34話
◆
ヒアミックから条件として出された「全快」には更に十日以上かかった。なるだけ静養につとめて、ぼんやりしていると色々考えてしまうから、図書館でかりた本をずっと読んだ。少しずつ体力回復も必要だから家中を掃除して、散歩して、早く起きて早く寝て。出来うるかぎり健康な生活をした、と思う。おかげで医者も驚くくらいはやく「全快」のお墨付きをもらった。
実際、シキアの感覚としても、無理をしているということもなく、以前通りに戻った、と自覚できている。これならヒアミックに叱られることも止められることもないだろう。
ヒアミックは本を持ってたびたび訪ねてくれた。それでもサコットの話は全快してからだ、と頑なだった。シキアが無茶をするだろうと思われているのは仕方がない。だからおとなしくそれに従って「全快」を待ったのだ。
全快、したからにはもう、動いていはずだ。早々に図書館の仕事に戻って、ヒアミックに目を見開かせたのは、ちょっと気分がいい。
「おはようございます」
当たり前のように挨拶をすると、ヒアミックは手で額を抑えて、長い息を吐いた。
「本当に大丈夫なのか?」
「はい、お医者様にも全快のお墨付きをいただいたので。あ、確認してもらっても大丈夫です」
「分かった分かった、ではまたよろしく頼む」
「はい。それで」
朝のほこりとり業務はもう終わらせた。しばらくしていなかったから大変だったけれど、綺麗になって、気持ちもスッキリしている。元気もある。
「これから、忙しくなる」
「はい。それで」
「分かった分かった。サコットのことだが」
ようやく詳しい話が聞ける。ヒアミックが座った貸出机の椅子の前にシキアも座って、膝に手を置いて話をまつ。ヒアミックは
「犬のようだな」
と笑ったが気にしない。
「あの、まだサコット様は地下牢なんですか」
「ああ、あの頑固は私よりも強いからな」
「頑固?」
「そう。あいつはな、自分の意思で地下牢に入っているんだ」
一体どういうことなのだ。てっきり、王様からの罰なのだと思っていたのに。
首を傾げるシキアに、サコットは静かに教えてくれる。
「実際、あいつが懲罰会に掛けられたのは本当だ。あいつは今、城下町警備の騎士であるのにもかかわらず国境で戦った。王の命なしにだ。それが一点。それより問題なのが自国の騎士隊を傷つけたこと、これが一点。どちらも騎士法禁止事項、味方を傷つけたことに関しては、即騎士号剥奪の罪だな」
シキアには騎士の法律はわからない。でもヒアミックが言うからにはそうなのだろう。騎士は強ければいいだけではなかったのか。
「だが、ここで問題が起きる。まず、城下町警備任務中なのに国境付近にいた件について、これは秘密裏とはいえ、王の命だ。さらに、人が悪いことに王は隣国が兵器魔物を使いたがっている情報を持っていた。それもあって、様子見と保険にサコットを派遣したんだ、調査隊の救出を名目にな」
「あ、オレ達を助けるためだけに瘴気の地へいくように命令されたわけじゃないってことですか」
「そうだな、なんなら国境戦のほうが重要事項だっただろう」
王様がヒアミックを心配して助けに行くように言われた、などサコットは言っていたが、王様のねらいはそれじゃなかったってことか。ヒアミックが微かに嬉しそうにしていたことを思い出して、シキアはそっと唇を噛む。王様は凄いひとなんだろうけど、なんか、なんか。
(性格悪くないか?)
そんなことヒアミックの前で絶対言えないけれど。なんと言っても、ヒアミックがそれはもう満足そうだからだ。
「それから味方兵士を傷つけた件。これは証拠がない」
「え?」
「ジーン隊の誰もが、サコットにやられたと言わないのだ」
「でも、王様には報告されてるんですよね」
「それは私がした。だから今のところ、私の証言だけだからな、私が虚偽報告をしたことになっている」
ジーン隊が誰も言わないのはサコットをかばっているからだろう。これが問題になると、皆分かっていたのだ。しかも、騎士を辞めないといけないほどの罪。それをヒアミックだけは正直に報告している辺り、さすがというかなんというか。
「王に嘘を言えるわけがないだろう」
「先生はそうでしょうね」
それはシキアにはよくわかる。ヒアミックという人はそういう人なので。ただ、王に虚偽を報告してまでサコットをかばっているジーン隊からすれば、友人のサコットをかばわないヒアミックはたいそうな冷血に見えるだろうな、と心配になる。
「それで、処分はすべて王にゆだねられた。まあ、王からすればサコットを兵器として魔物に充てるのも計算済だったらしいから、処罰などくだせるわけもないな。あいつには謹慎と称して一か月有休が与えられた」
だいぶ、シキアが想像したことと違って、安堵の息が漏れる。表立ってはそこまで重い罰は下っていないのだろう。だとすれば。
「あの、なんでサコット様は地下牢に?」
「自分が納得する罰が下されなかったからな。王の許しなく魔法を兵器として使った、それで仲間の兵士を傷つけた、あいつは騎士を辞すると言ってきかない。王が直々にその必要はないと説得してもきかないのだ。二人きりで長々と話をしてもらっておいて従わないなど何様のつもりだ」
最後は変な嫉妬に感じたけれど、それは置いておいて。
「それで、自分から地下牢に?」
「どうせ一か月謹慎なのだからと鍵もかかっていない地下牢にいる。刑務所は移転したのだから地下牢など飾りだというのに、あいつは何をやっているんだろうな。でてこいと言っても、てこでも動かない。私以上の強情だろう?」
サコットがそこまで強情だとは知らないが、想像できる気はした。そうでなければヒアミックの友人などやってられないだろう。結構、似た者同士なのかなと思うと、かっこいい、すごい、と思っていた人たちが少し可愛らしく思えてくる。絶対、口に出しては言えないが。
「あの、サコット様に、会いたいです」
「そうだろうな。だが、あいつが拒む」
「え。なぜ」
サコットに拒まれるなんて思ってもいなかったので、シキアはひどく傷ついた。やはり世界樹の根元まで来させてしまったのが、悪かったのだろうか。あのときシキアが引き返していたら、こんなことにはならなかったのかもしれないのだから。
「違うぞ」
「……まだ何も言っていません」
「君は今回の調査で最大の成果を上げた。世界樹の根元、あれは私も予想していなかったことだ。あの根本に君が落ちて、空間を見つけただろう。あそこの魔法石鉱脈、あれこそが瘴気の原因だな」
「あっ。あの鉱脈、なんか妙だったんです、そうだ、詳しく報告しないと」
でもサコットが気になる。でも、報告もしなければ。
「サコットは君を傷つけたことで深く落ち込んでいる。この自主謹慎の半分はそのせいだな」
ヒアミックの方からサコットの話題に戻してくれた。これを片付けなければ、シキアが仕事に集中できないだろうと言う判断だろう。そしてそれはきっと、正しい。
(先生はいつだって、正しいから)
だから恩人だからだけじゃなく、ずっとついていくと決めている。
「サコットは騎士を辞めるつもりでいる」
「そんな!」
「それはこの国にとって痛手だからな、王は認めるつもりはないと言っているが、あいつは強情で困っている」
サコットは騎士でいることに誇りを持っているように見えた。皆の笑顔の為に戦っている、と。
「君からサコットを説得してもらえないか。それが済んだら瘴気の地だ。これから忙しくなるぞ、……頼りにしている」
そんなこと初めて言われた。嬉しくて飛び上がりそうだ。
王でもヒアミックでも動かせないサコットを説得する、そんなことできるか分からない。でも、ただ顔を見て、話をしたい、会いたいと思った。
「あの、サコット様のこと、どうしたら」
「地下牢は鍵もないし、見張りもいない。定時に食事を運ぶ係がいるから、相談したら入れるんじゃないか」
「はい、あの、少し、出ます」
「早急に解決をたのむ。――あいつにとって、君は特別なんだ、あいつを動かせるのは君しかいないよ」
さっきから随分、持ち上げられている気がする。これもヒアミックの作戦かもしれないが、シキアもずっと前から気になっていたので、この機会でに問うてみる。
「あの、サコット様は何故、オレを、その、えらんで?くれたんでしょうか」
ヒアミックはそっと目を細めて、からかうように鼻で笑った。
「それこそ本人と話せばいい。あまり独り身の私に見せつけないでもらえるか」
そんなこと少しも思っていないだろうに。早く行けと合図するように、ヒアミックがひらひらと手を振って、シキアはそれに送られるように図書館を出た。
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