第32話
そうしているうちにも報告兵が息を切らして駆け込んでくる。明らかに具合が悪そうで、ヒアミックがまた舌を打った。
「魔法力中毒だ」
「増大期のせいですか」
「それに加えてサコットの放出する魔法が大きすぎるせいだろう。これでは近づくのも大変だ」
けれど、入ってくる報告はサコットが魔法で敵味方なく打ち倒しているというものばかりで、シキアを苦しくさせた。
みんなの笑顔を見るのが好きだと、そのために騎士になったというサコットが、こんな状況を許せるはずがない。こんな突然に暴走したのは瘴気の増大期のせいもあるだろうが、きっと、瘴気の地の真ん中、世界樹まで行ったせいもあるのではないか。だとすればそれはシキアのせいだ。
自分がサコットを一番傷つけて苦しめる。息ができなくなるくらい、苦しい。
せめて、早く、止めてあげたい。
「とにかく今はあいつを止めるのが先だ。今のあいつは瘴気の地で取り込んだ膨大な魔法力を放出しながら、まだ取り込んでいる。ひとまず取り込みを抑えるのに私の装置を重ね付けしよう」
問題は、どうすればサコットに近づけるか、だ。サコットの発する魔法力が膨大すぎて、まるで瘴気のように中毒が起きている。近づくだけで、中毒で動けなくなるのだから、話にならない。
「先生、だったらオレがいきます」
シキアには中毒は無関係だ。サコットに近づいて制御装置をつける。シキアにしかできない。それが一番合理的なのに珍しくヒアミックが難色をしめした。
「そもそも、あいつは魔法じたいも放っている。近づけば丸焼けか冷凍か細切れだ」
誰もサコットに近づけないでいる。その姿は兵器そのもので、ひどく寂しい姿に見えた。
そんなの、みとめない。
サコット様は、英雄だ。
オレの、大事な、ひとだ。
シキアは強く手を握りしめる。
「先生。オレがいきます」
「最悪死ぬぞ」
「だから死なないようにしてください。ここには騎士様も先生もいる。オレが死なないように回復魔法をかけ続けることが、できると思います」
「回復魔法を行っても止血をする、骨を繋ぐ、くらいだ。痛みは和らがない。それに止血したさきからまた流血だ」
「それも止め続けてください」
「シキア、君は何を言っているかわかっているのか」
「もちろんです。先生はオレを死なせないですよね」
ヒアミックは目元を手で覆うと、長い長い息を吐いた。そして低い声が続ける。
「わかった」
黙って聞いていたジュダイが声を荒らげる。
「一般人が最前線に出るなどできるわけがないだろう! 現在ここを預かっている私が許可をださない!」
それはそうだ。ここでのことはすべてジーンの責任になるのだから。
それでも、サコットを放っておくことはできない。それはヒアミックもそう思っているはずだ。ヒアミックは難しい顔で腕を組んでいたが、やがて真摯な眼でジュダイを見つめる。整った顔でそんな縋るような視線を向けられたらどんな人間も言葉に詰まっていしまう。ジュダイも一瞬、息を飲んで慌てたように首を振った。
「駄目です」
「他に方法がない」
「無理です」
「ジュダイ」
おそらくジュダイの方が年上なのだが、それを分かっているかのようにヒアミックが聞いたことのない甘い声で彼を呼んだ。シキアは「うっわ」と思ったが、ジュダイはまた息を飲んで唸る。
「貴方ね、そんな子供のような顔をされても」
「あなたとの付き合いも長いな。信頼できる人間なのは知っている。そのうえで一切他言無用でお願いしたい」
なんのことだと訝しむジュダイに、ヒアミックはサコットのことを話した。機密事項だと言っていたはずだが、今はサコットを助けることが一番優先だと判断したんだろう。シキアも早くサコットを助けたい。
ジュダイは唸りながらヒアミックの話を聞いていたが、今はヒアミックの言う通りにするしかないことには同意した。
「それでも一般人の彼にそんな危険なことを」
「そうだな、やはり私が行こう」
そういうヒアミックの顔色が悪い。きっと体調は良くないのだろう。
「でも魔法力中毒にならないのはオレだけです。オレが行きます。先生の魔法ならオレを死なさないでサコット様に制御装置を付けること、できますよね」
「なかなか言うな」
「先生の弟子ですから」
「分かった。ジュダイ、治癒と防御魔法が得意なものを集めろ。シキアがサコットに制御装置をつけるまで全力でシキアを守る。シキア、あいつの魔法は君を傷つける。治癒魔法は傷をふさぐことはできるが痛みを軽減できるわけではない。失血もすぐには直せない。時間が長引ば君は失血死する」
「はい。一発で決めます」
「君を死なせるようなことはしない」
「分かっています、信頼しています、先生ですから」
やると決まったからには行動は迅速にだ。ジュダイがすぐに拠点の責任者を部下の一人に決め、治癒と防御魔法の使い手を選んだ。シキアはジュダイの馬でサコットの側まで運んでもらうことになる。
ジュダイの後ろに乗って背中にしがみついたとき、ジュダイは小さく呟く。
「君は怖くないのか」
「怖いです。サコット様はきっと自分を責めますよね、それが、今から、怖い」
「……それは後から皆で考えよう。今は、頼む」
しがみついた背中が震えている。ジュダイも具合が良くないのだ。時間との勝負だと思う。
前線に近づくたび、ジュダイの震えが大きくなる。魔法力中毒の症状だろう。
「大丈夫ですか!」
「もうすぐ前線だ、そこまでは持たせる!」
ヒアミックが率いる魔法隊はすぐ後ろにいる。防御魔法はかけてもらっているが、シキアでも刺すような圧を感じた。戦場故なのか、サコットの魔法力なのかは分からない。前線に来るなんて、人生であることと思わなかった。それでも早くサコットに会いたかった。
大型魔物の姿がはっきり見えるようになると、そこに上がる火柱や氷柱もはっきり見えた。あの場所にサコットいる。駆ける馬を一度止めて体制を整える。そこには負傷した騎士ジーンもいて、この状況に目を剥いた。
「ジュダイ⁉ ヒアミック様!?」
「あとですべてヒアミック様から説明があります」
今はシキアがサコットに制御装置を付けるのだと言うことだけが説明された。ジーンはすぐに理解して馬を貸してくれることになった。
「俺の馬は優秀だからな。本当は俺が後に乗せたらいいんだが」
「シキアに掛ける魔法で手一杯だ」
ヒアミックが言い放ちジーンはサコットの気をひく陽動をすることになった。全員、具合が悪そうでヒアミックも小さく震えている。それほどに魔法力が大きいのだろう。これは瘴気のせいかサコットのせいか、シキアには分からない。
「動けなくとも魔法はまだ使える」
「ありがとうございます」
シキアはジーンの馬を借り、制御装置を握り締める。馬で駆ければサコットまではすぐの距離だ。火柱と氷柱のせいで姿は小さくしか見えない。風魔法が一番危険で身が切り刻まれるだろうとヒアミックは念入りに防御魔法をかけてくれた。
「行きます」
ジーンの馬はジーンが言うように優秀でシキアが細かい指示を出さなくても己の意思でサコットに向かって走っていく。姿が見えた。魔物は地に伏せ、もう動いていないように見えた。
それでもサコットは絶えず魔法を放っている。最初は敵兵に向けていたようだが、今は手当たり次第という感じだ。風魔法が防御魔法を突き破って腕を切り裂いた。痛いと思った先から傷が塞がれ、また防御魔法がかけられる。その先からまた身が裂かれる。そのたびに血が噴き出してシキアの体を赤く染めた。
(でも傷はふさがっている。まだ苦しくない)
氷柱が降ってきたときは馬が避けてくれた。
ひとりじゃない。
皆がサコットをすくいたいと思っている。
火柱が肌を焼きそうになって、一斉に防御魔法に包まれた。
『君を死なせない』
大怪我にはならない。ヒアミックとジーン隊のみんなが回復魔法をかけてくれるからすぐ止血される。痛みはあるけれど、たえられる。だから。
「サコット様!」
サコットは意識があるが自我がないのかもしれない。ただ魔法を放つ、まるで兵器のようだ。
こんな姿、本当は誰にも見せたくなかっただろうに。みんなの笑顔を守りたいと言ったあなたを、オレが守るから。
氷の魔法が体を凍らせる。
「サコット様」
馬が初めて足を緩め、シキアは地に投げ出された。そのままサコットの側まで駆ける。
「サコット様」
サコットは初めてこちらを向いた。淀んだ眼に、一瞬だけ光がともったように見えた。両腕からまた血が噴き出して、すぐ傷が塞がれる。
サコットが呻いた。
「来る、な」
「いやです」
やっとたどり着いた。
サコットに飛びついて抱きしめて、制御装置をとりつける。
これで助けられるといいけど。
「サコットさま、一緒に帰って、焼き菓子屋さん、いきましょう。約束です」
うすくなる意識のなかで、サコットが名前を呼んでくれた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます