第31話
「ヒアミック様っ、なぜこんな所に!」
「サコットを探している、見なかったか」
「あ、サコット様ならさっきここの様子を見られて、国境の様子も見に行くと」
「わかった」
「あのっ、前線に行くつもりですか⁉ いけません、危険です、さっき聞いた話では敵国は見たことのない魔物を兵器として出してきたとか」
「魔物を? 時代遅れの戦法だな、よほど強い魔物を手なづけたか? ……だめだ、ますますサコットを止めなければ」
「宰相の息子様ともあろうお方が前線になど!」
ヒアミックは所長の声を振り切って馬を掛けさせる。シキアも必死にそのあとを追った。ヒアミックは前線の危険など分かっているし王の命令で帰還しなければならないことも分かっている。ただサコットに増大期の影響が出ることを心配しているだけなのだ。シキアもそれは同じで。前線など怖い、早くサコットを連れてヒアミックと共に、街に戻りたい。
でも、兵士たちはこの恐怖の中で戦ってシキアたちを守ってくれている。その最先端にいるのが、騎士で、いつも皆の笑顔を背負っている。格好いい、などと気軽に言ってはいけないのかもしれない。どれだけの想いを背負っているかなんて。
シキアはぎゅと服の胸元をにぎりしめた。
前線は荒れていた。
ヒアミックに気づいた兵士から口々に声があがる。
「ヒアミック様!?なぜここに!」
「サコット様が急に来られて!」
もともと、国境警備にあたっていた騎士ジーンを探してヒアミックは黙々とすすんだ。拠点では騎士ではない者が絶え間なく指示を出している。
「ジュダイ! どうなっている?」
ヒアミックが叫ぶと男は目を見開いて、それから眉を寄せた。
「なぜ貴方がここに?」
「サコットを、追ってきた。騎士ジーンは前線か? サコットはどこだ」
ジュダイと呼ばれた男は副団長らしく、青ざめた顔で小さく唸って息を吐く。
「相手が大型魔物を使ってきていたのですが、先ほどから暴れだして、敵味方関係なく攻撃を」
「っ、瘴気に増大期がきた。それがその魔物を暴走させたのだろう。それでサコットは」
「最前線です。ジーン様が魔物に当たっていたのですが、あの魔物にあたれるのは自分しかいない、と」
ジュダイが戦線の先を指す。
「増大期がきたのだから停戦にならないのか」
「結果的にはなるでしょうが、それは政治の事なので私にはなんとも」
それに今、ここでは「停戦」の命令がない限り戦は続く。どんな状況だろうとも。
「はっ、全く愚かすぎるな。やはり我王以外は無能」
「ともかくヒアミック様は今すぐここを離れてください。サコット様のことは私が必ず連れ戻しますので」
ジュダイがヒアミックの背を押し、近くの兵士に護衛を頼んでいる。
「先生どうしましょう」
「あいつが暴走するかもしれない。離れるわけにはいかない。なんとかできるのは私だけだ。君は急いで調査隊の帰還に追い付け。今度こそウサミが怒るだろうからな」
それはそうだろう、だがこんな状況でヒアミックとサコットを放って帰るなんて、できない。自分がいたところで何の役にもたたないということも分かっているが、瘴気の増大ということなら、その影響を受けない自分が何かの役にたてるかもしれないとも思うからだ。
「先生を置いて戻ったらもっと怒られると思います」
そうしている間にもジュダイの元には最前線からの報告がひっきりなしに入ってくる。敵兵は魔物の暴走によって前線を押し下げたらしく、最前線は今や魔物とサコットが睨みあっている状況らしい。ジーンは負傷したらしく置いていけと言われたのだと、報告兵は膝から崩れた。
「わかった。私も出よう」
ジュダイが鎧兜を身に着け、ヒアミックに念を押した。
「早くお帰り下さいね」
ヒアミックはさも当然のように頷いたが、当然居座る気だ。宰相の息子になにかあればここの責任者である騎士ジーンが責任を負うことになるのだろうかと思うと気の毒なのだが、シキアの力ではヒアミックを動かすことはできない。せめてジーンに有利な証言はたくさんしようと心を決め、シキアもしれっとその場にいた。
ジュダイが馬に乗った瞬間だった。最前線から戻った報告兵が息をきらしてジュダイの足元に膝をつく。
「魔物とサコット様互角だったのですが、サコット様が優勢に……あの、見間違いではないです、あの、サコット様が魔法をお使いになっています。それがあまりに強大で、敵味方なく、被害がでています」
ヒアミックが舌を打つ。その姿にぎょっとしたようにジュダイは目を剥いたが、すぐに眉をひそめた。
「サコット様が魔法を? あの方は不良者では」
「ジュダイ、やはり私も前線に連れていけ」
ヒアミックが低い声で威圧するように言うが、当然ジュダイが頷くわけがない。
「貴方に万が一のことがあればジーン様が命を持って責を負います!」
「……だが、今のサコットを止めることができるのは、おそらく私の魔法力出力制御装置だけだ。これをサコットの魔法器官に重ね付けすれば、あいつの暴走を止められるはずだ」
「制御装置? 暴走? ……ヒアミック様、一体、何がどうなって」
「とにかく私を、あいつの、側まで」
サコットを止めるためには出力制御装置を付ける必要がある。でも今のサコットには取り込み制御装置もついているはずで、そんな二段階に着けるなんてできるのだろうか。シキアの不安が伝わったのか、ヒアミックは囁くように言う。
「正直私もどうなるか分からない。だが、今はそれに賭けるしかなさそうだ」
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