第24話

「っ、シキアっ、参ったな」

 ……。

 あ。

「えっ! オレ、声に出てました⁉」

「うん、しっかり聞いた」

最悪さいあくさいあくだ、恥ずかしくて消えたくなる、こんなこと言っても困らせるだけで、とにかく最悪だ。

「かえります!」

 駆け出すシキアの手首を掴んだサコットが、そっと微笑む。

「俺も離したくないよ」

それはやけに野性的な微笑で、シキアはそっと息を飲んだ。格好いい格好いいとは思ってきたが、太陽のように笑うサコットとは別の顔が、夜にはあるのだろうか。

「もう少しだけ、二人でいようか」

 耳元で囁かれてその甘さに悲鳴をあげなかった自分を褒めてやりたい。

 そのまま腕を引かれながら歩き出したサコットについて歩く。

「あの、どこへ」

「城の地下。ヒアミックに借りてる」

 そういえば、『有事の際は使うといい。お前は目立つんだから、間違っても街宿などに連れ込むな』と言いながらヒアミックがこそこそサコットに地下の鍵を渡しているのを見たような気がする。その時は気にしていなかったが、いや、そもそも有事の際ってなんだ。

 城にはいつでも人がいる。しかし、地下室はヒアミック管轄なので口を出す者は誰もいないし、夜に踏み込んでくる者も本人くらいのものだ。

 誰かに声を掛けられることもなく無事、地下の図書室まできたとき、不意に口づけられた。

 唇が重なるだけではなく、舌先で隙間を割られて、知らず跳ね上がった。

「んっ!」

 するりと入り込んできた熱い塊に目眩がする。そのまま乱暴に舌を巻きとられてがくりと膝が折れた。廊下に座り込む形になりながらサコットを見上げる。

「あ、の」

「ごめ、我慢できなくて」

 ひっぱりあげられて、抱きしめられて、また唇が重なった。深い口づけは初めてだった。

「っ、は、ぁ」

「へや、はいろう」

 研究室の隣は泊まり込み用の寝室になっている。ヒアミックが渡した鍵はそこのものだったのだろう。

「でも、こんなことに」

「許可は得ているって」

 鍵を見せられて、あの会話はそういう意味だったのかと今更気づいた。確かにサコットは誰もが知る有名人だから街宿にシキアを連れ込んでことに及んだと知れでもしたら、恰好の娯楽会話の対象だろう。それはサコットの評判を下げ、そしてシキアが攻撃対象になることでもある。そういえばよくいく定食屋の主人に「最近、よくお二人ですね」と何か含みを持って言われたこともあった。金の騎士を恋人にするということは、そういう雑多なこととも付き合っていかねばならないのか。

 とはいえ、今はそれどころではない。

 寝室に押し込められ、そのままベッドに座り込んで、また口づけられる。正真正銘、ふたりきりだ。

「シキア」

 口づけを終えた唇が首筋に落ちてきて、肌をゆらす。それだけで跳ね上げる体は制御という言葉を忘れたみたいだ。

「あっ」

「愛らしい、を通り越すと、愛おしいになるらしい」

「な、んですか」

「あいつが言ってた」

 喉に口づけられてまた跳ね上がる。

 この先を想像したことなんて、ない。本当にないのだ。サコットはずっと紳士的で、性欲みたいなのも見たことなくて。だから、こんな獣のような眼をする男だなんて、思わなかった。ぞくりと背中から震える。

 太陽のような金の髪、空のような眼。光の象徴のような男が、夜の隅で獣の目をしている。それを知っているのは、自分だけだ。その優越に、震えた。この目をさせているのは、オレだ。その甘さに、体中が粟立った。

 無意識に腕がサコットの首に絡み、もっと、と口づけを誘う。もっと、知りたい。もっと、欲しい。誰も知らない騎士様の顔、もっと。

「悪いこだな」

「んっ」

 服の上から鎖骨を噛まれてのけぞった喉に強く吸い付かれる。

「シキア、愛おしい」

 うわごとのように繰り返される言葉に「オレも」と返し続けて、きっと自分はいま、世界で一番幸福なのだろうと、思った。

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