第25話


 研修と訓練の日々を続けて、試験調査の日はすぐにやってきた。隊長という名前にはまだ慣れないけれど、ウサミに助けてもらいながら隊は形になってきたと思う。今できることを頑張る。シキアにできるのはそれだけだ。そしてシキアのすべきことはヒアミックが望むことだ。運命を変えてくれたヒアミックには感謝とか尊敬とか、そんなものを超えた恩がある。ヒアミックの望みに応えることがシキアの生きる意味だ。

 今回の調査で世界樹の元までを地図にする。それがヒアミックの指示だ。初めての調査隊なので今回は十日の予定だ。正直、ずっと、緊張している。上手くやりたい、ヒアミックの期待に応えなければいけない。出発日が近づくにつれ眠れぬ夜が増えて、サコットを心配させた。

 サコットは最後まで心配していたけれど、これがシキアの仕事だからと納得はしてくれている。ヒアミックには何度も「危ない目に合わせるな」と言っていたみたいだけど、過保護だと叱られたとしょげていたのは可愛かった。サコットはずっと優しくしてくれている。サコットの恋人でいられるという夢みたいな日々は続いているのだ。

 多分、人生で一番充実している。

 緊張している場合ではない、やるべきことをやる。やっとそう思いきれて、その日はやってきた。

 野営もするので荷物が多い。早馬なら数時間でつくところ、馬車での移動は時間がかかる。隊員も野営は訓練済だが、遠征は初めてで若干の緊張がみえる。そういうのをなんとかするのはウサミの役目で、ウサミが目指したサコット騎士隊の副隊長のような「きびしい副長」とは少し違う。シキアもサコットのような皆に慕われる隊長にはなれていないし、なれる日は来ないと思う。それでも学んだことは無駄にしない。

 ウサミが皆を和ませている間に、シキアは到着してからの手順や明日の調査の手順を復習していた。

 調査隊は夕刻近くに瘴気の地入口についた。野営は訓練で何度もやっているので、皆無駄なく動きテントをはっていく。ここを拠点として十日を過ごす予定だ。瘴気の観測所である中間点を通り抜け、こんな場所で野営をする団体はきっと初めてだろう。中間点の見張り兵達にも挨拶はしてきた。そこからさらに外側にある発掘所で挨拶もしてきた、何かあったら助けを求める準備はできている。調査隊なので、危険があったらすぐ引き払う、これはヒアミックの大前提だ。

 まず、ここは瘴気の地なのだと常に自覚しておかねばばらない。シキアには無害でもほかの皆には有害なのだ。ヒアミックの発明した魔法力制御装置がどこまで使えるのかも今回の調査の目的だ。

「ふむ。この辺りではまるで影響がないな」

 ヒアミックは満足そうだった。

「普通はこの辺りでもう具合が悪くなるんですか?」

「そうだな、人によるとは思うが、私はこの辺りで何かおかしい、と思う程度だ。本番はこの先にある」

「他の隊員たちも今のところなんの影響もないと言っています」

「ああ、引き続き制御装置を外さないよう徹底してくれ」

 初めての野営は問題なく夜を超えた。

 二日目。

 瘴気の地に少し足を踏み入れると見知らぬ草木が生えている。シキアはこの辺りまでなら青華を取りに入ったことがあるが、他のメンバーは初めてで、興奮気味にヒアミックの指示した草木の採集をしている。ヒアミックも以前このあたりまでなら入ったことがあるらしく、慣れたものだった。

 三日目。

 明らかに森の木々が深くなる。メンバーの一人が頭痛を訴えたので付き添いと共にキャンプに戻ってもらった。ヒアミックもこの先は未踏の地で、隊には緊張感が走っている。

「先生、具合はどうですか」

「大丈夫だ。君は全く影響なしか?」

「はい」

「なによりだ。やはりこの瘴気は濃縮魔法力で間違いないのだろう。今回の調査ではこの濃縮魔法力の元を探り当てたい」

「世界樹から発生しているんじゃないんですか?」

「推測の域をでないからな。それをこの目で確認したいんだ。まあ、私は無理かもしれないが、君ならできるだろう。頼りにしている」

 ヒアミックにそこまで言われることなんてめったにないから、ますます気が引き締まった。

 四日目。

 昨日進んだところまでの道を整備して馬が入れるようにする。慣れない体力仕事を皆が懸命にこなしている。昨日気分が悪くなったメンバーは今日も駄目だった。中毒は簡単に治るわけではないらしい。

「それも個人差だな。彼は次の調査から外すそうに」

「でも先生、彼は判断力があって本当は体力もすごく――」

「体質的に向いていないのは仕方のないことだ。他に彼の資質をいかす場所があるだろう。この隊には向いていない者を入れておく余裕はないぞ。王は瘴気の地調査結果を心待ちにしている」

 王様を出してこられるとシキアには何も言えない。そもそもこの調査自体、国家事業ではなく、王様とヒアミック二人が秘密裏に行っていることなので、城からは「ヒアミックがまた変な研究してる、やれやれ」としか思われていない。予算もヒアミックの私費だ。王様の為なら何でもやるのがヒアミックなので、シキアは納得しているが、それほど瘴気の地は国民にとって「触れられない場所」なのだ。

 五日目。

 昨日は慣れない体力仕事だったので、休養日だ。

 ここまでは予定通りだった。

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