第23話

 ◆


 仕事のあと、サコットと食事に行くことが増えた。サコットは「夕食は父君と食べたいのでは?」と気遣ってくれたが、最近の父親は調子がよく、出かけたがるシキアを大層喜びながら送り出してくれるので、シキアはそれに甘えている。たぶん、人生で一番、浮かれている。

 夢じゃなかったのだ。

 最初のうちは二人きりだと緊張してしまうからとヒアミックを誘っていたのだが、「恋人同士の食事についていくほど無粋ではない」と断られだしたので、最近は二人で出かけることにもようやく慣れてきた。

 ヒアミックが「恋人同士」と言ってくれたから、シキアはようやく自分がサコットの恋人なのだと自覚できるようになった。抱きしめられて口づけられて、それでもサコットが自分を想ってくれているなんて信じられなかったから。

「それは俺をどういう人間だと思ってるの」

 サコットには苦笑まじりに叱られ、ついばむように口づけられた。

 浮かれているのはサコットも同じようで、訓練所で副長から叱られることが増えたと愚痴のように教えてくれる。どうせ浮かれているのだからと、おそろいで指輪を買った。サコットの眼と同じ青い石がついていて綺麗だけどアクセサリーなんて今まで身に着けたことがなくて扱いに困っていると革ひもを通して首飾りにしてくれた。

「まあ、守護石みたいなもんだと思って」

 瘴気の地への試験調査はもう目の前に迫っている。サコットはずっと心配のようだった。

「奥まで入るんだろう? 世界樹までたどり着いた者はいないって話だ。本当にそこまでいくの?」

「先生が一緒だから大丈夫ですよ。それに、隊員たちも随分訓練したし」

「でも、魔法力中毒が」

「それも先生がいるから大丈夫です。そうだ、サコット様に渡すように言われて預かってきました。魔法力の取り込みを制御する装置なんですけど」

 長年、ヒアミックが研究していたのがこれだった。出力を抑える制御魔法はヒアミックが編み出してサコットにかけている。これはその逆で、取り込みそのものを制御する魔法が編み込まれた魔法石を加工して、直接魔法器官に取り付けることができる装置だった。

「取り込みを制御する魔法を開発したのか?」

「先生はずっとその魔法を研究してて、それが装置化できそうだから試験調査に踏み切ったそうです。ちなみに今回の調査は装置の実験もかねてます」

 何もかも、ヒアミックの計画通りで本当に尊敬する。魔法力の取り込みが制御されるということは、瘴気の地での魔法力中毒が緩和されるということだ。そして。

 シキアは深い青の魔法石がはめ込まれたそれをサコットに渡す。

「へえ、結構軽いな。掌より小さいし、銀に魔法石がはめ込んであるのか?こんなので制御できるのか、ふしぎだな」

「先生で実験済です。それで、あの、これはサコット様専用に加工したんですけど、魔法石を薄く加工して重ねてるから、魔法が重複してかけられるようにしてます。だから、もう、前みたいなことにはならないと、思って」

 忘れたことなどない。シキアのとってきた瘴気の地にさく青華からの魔法力を取り込みすぎて魔法力が制御できなくなったサコットの姿を。あの苦し気な姿を、もう、見たくない。

「加工してって、まさかシキアが作ったの!?」

「いやさすがにそれは無理です。魔法石を重ねる加工をしただけで」

「してるじゃないか。そういえば、最近、図書館で見なかったな、隊長職が忙しいんだと思ってた」 

「魔法石加工の工房で加工を教わっていたんです、難しいけど色々教えて貰って勉強になりました」

「隊長職と並行で? 大変だったろう……俺のため?」

「あ、いや、あ、ハイ」

 正直、忙しくて体力もからからになるくらい大変だった。でもそれでも、やりたかった。

「君が大変だったの分かってるのに嬉しい、ごめんね、ありがとう」

 サコットが太陽のように笑ってくれるなら、大変だったことなんて全部どうでもいい。

 それに、これはシキアの欲の為でもある。瘴気の地に長く踏み入るシキアの体にどんなふうに魔法力が堆積するかもわからない。蒼華ですら、サコットには毒だったのだ。瘴気の地から戻ったあと、会えない時間を我慢するのは、イヤダ。だから、特別性を作ったのだ。ヒアミックは「瘴気の地から戻ったあとは逢引するとき常に私を側に置いていたらいいのでは」と冗談か本気か分からないことを言っているが、そんなことしたくない。だから無事に仕上がってサコットに渡せたのはシキアを安堵させた。

「なんかお礼しなきゃね。そうだ、今度新しくの甘味屋ができるらしいな。焼き菓子専門らしい」

「そうなんですか? 焼き菓子、どんなのかな」

「色水屋のオヤジがこれで城下町を支配する、なんて言っていたな。あー、調査から戻ったら、一緒に行かないか」

「あっ、は、い。楽しみにしてます」

 サコットは嬉しそうに微笑む。それにうっとり見ほれながらシキアは小さく息を吐いた。

「シキア、そろそろ送っていくよ」

 遅くなる前に、といつも別れを切り出すのはサコットからだ。もっと側にいたいなんて我儘は心の一番奥にしまいこんで、ゆっくり頷くと優しい口づけが降りてくる。人けがない路地とはいえ、誰かに見られたら大変だから、いつもすぐに離れていく唇が、今日はやけに寂しく思えた。

 調査がすぐそこだからかもしれない。しばらく会えなくなる、と思うと、体の中に冷たい風が吹き込んでくるみたいだ。

「はなれたくない」

 なんて、らしくない言葉が口をついてでてしまいそうだ。

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