第21話
◆
会議室に次々と人が集まってくる。シキアとウサミをのぞいて十四人、書類選考と面接を経て選ばれた瘴気の地調査隊人員だ。不良者は瘴気の地での魔法力中毒症状が比較的軽いので、特に魔法力取り込み不良者が多い。今回は試験なので、宰相家や城で雇われている者たちから選んだ。調査の規模が大きくなれば隊を増やして一般公募もするらしい。
端的に「調査」と言われてもなにをするのか分からない。それを説明し事前訓練をする研修が始まったのだが、シキアは本当に気が重かった。まず人前に立つのが苦手だ。しかも「教える」なんて偉い立場になってしまって、それも気が重い。自分なんかがその立場にいるのがいたたまれないのだ。あと、シンプルに人付き合いが苦手。雑談ひとつまともにできなくて、会議室には嫌な沈黙が流れてしまうのだ。いたたまれない、かえりたい。それをなんとかしてくれるのがウサミなので、何度か同じことを繰り返しているうちに「もうオレは伝えたいことを伝えるだけにしよう」と決めた。ただ実直に教えるべきことを教え、他のフォローはウサミに任せる。「シキア隊」はそれでいくことにした。
実務としては持ち帰るものの採集方法やその知識、それから野外活動の実践。街暮らしの者たちばかりなので、野営訓練もしなければならない。出発日はヒアミックによって決められているので、その日までのあと三か月、やれるだけのことはやらなければいけない。他に仕事をもっているものばかりなので、研修も毎日するわけにもいかず、隊員たちは大変そうだった。それでも「選ばれた」という経験に皆やる気に満ちている。成功させなければ、と気が引き締まる。
今回の調査の目的は瘴気の地を細かく地図化することで、未踏の地へ踏み入るからにはどんな細かい準備だっておこたるわけにはいかなかった。瘴気の影響を受けにくい、とはいえ、まったく受けないわけではないので、誰がどこまで行けるかも不明なのだ。ヒアミックも同伴とはいえ、魔法が使える状態を維持できるかもわからない。中に魔物がいないとも言えない。全員を無事連れ帰ることもシキアの仕事だ。考えれば考えるほどに、お腹が痛くなる。気分転換に図書館へ逃げたらようやく一息つけるようになった。
一人になってふと心をよぎるのは、やっぱりサコットのことだ。
あの日、抱きしめられたあと、サコットはずっと静かで、シキアを家まで送ってくれた。「おやすみ」と言ってくれたときの微笑みがずっと忘れられないでいる。相変わらず時間があるときはヒアミックを訪ねてくるので、顔を合わせれば挨拶と雑談くらいはしているが、どんな顔をしていればいいか分からなくてここのところ、いつもサコットのつま先ばかりを見ている自覚がある。
想いを伝えたところで、何かが変わるとは思っていない。サコットはきっと好きだなんて言葉、いくらだって貰ってきている。だからシキアが言ったことも、きっと当たり前のように受け止めている。それくらい、サコットはこれまで通り、態度が変わらなかった。ほっとしているのも本当で、でも抱きしめられた熱を思い出すと苦しくなる。特別になりたいなんて、そんな、贅沢……。
「あいつは浮かれている」
「せ、先生!」
ぼんやりしている後ろから急に声を掛けられて飛び上がると、ヒアミックが口の端に笑みをのせてシキアを見つめている。これは嫌な表情だ。おもしろがっているときの、笑み。そのままでヒアミックが続けた。
「いっそすがすがしいほど浮かれているぞ。『可愛いを超えたこの感情の意味が分からない』なんぞのたまうから、それは愛おしさだと教えてやったら気味が悪いくらい浮かれている。おもしろい」
「そういうの面白がるの、趣味悪いです」
「その通り、あいつを面白がるのは趣味なんだ」
ひどい、と思うけれど、そこにはちゃんと友情があるのは分かっている。ヒアミックはこれで、喜んでいるのだ。
「今まで他人を全員公平に見ていたやつの初恋なんざ、面白いに決まっている」
「はつこい」
呟いたシキアに向けて、ヒアミックが珍しく満面の笑みを向けてきた。あまりに珍しすぎて固まるシキアの肩を掴んだヒアミックは静かに続けた。
「これでも友人の初恋を応援するくらいの感情は持ち合わせているぞ」
「はあ。あの、先生?」
「初恋だから、あいつは君の気持ちを憧れだと思い込んでいる。好きだと言ってくれて嬉しいが、あれで言われ慣れているからな、君の告白は騎士サコットへの賞賛だと思っている」
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