第20話
どきりとした。まったく、言い当てられた。見透かされた。サコットが本当は魔法を使えるのだと知った先ほど、シキアは確かにそう思ったのだ。『魔法使えるんじゃないか、嘘だったのか』と。
「ご、めんなさい」
「なんで君が謝るんだ、悪いのはずっと嘘をついている俺だ」
サコットは静かに笑ってから、続ける。
幼い頃、魔法が暴走したこと、宰相の命令でそれは秘密にされヒアミックが魔法器官を制御する魔法を発明して、当時の王子で現在の王にのみ事情が伝えられていること、魔法の使用は禁じられたこと、有事の際には人間兵器として最前線にたつよう命じられていること、ひとつひとつ、静かに、淡々と、サコットは話してくれた。これは国家機密なのでは、と思うと苦しくなる。
「あの、オレが聞いてしまっていいんですか」
サコットはまるで見たことのないような揺れる表情で、小さく笑った。
「本当はね、シキアにだけは知られたくなかった」
ぎゅう、と胸が締め付けられるようだった。したくないことをさせている。それはシキアのせいだ。あの青華を不用意に見せてしまったせいだ。
「ごめんなさい」
「謝らないで、違うんだよ、俺は、君に、嫌われたくなかったんだ」
「嫌うなんてありえないです」
「嘘つきの裏切りものだよ俺は。きっと他の皆だって本当のことを知ったら俺を嫌うだろう。仕方ない、俺はそれくらいのことをしているから。ずっと、嘘をついて、隠して、英雄面して」
「違います、サコット様は本当に、」
傷だらけの体を思い出す。毎日、誰にも言わずに鍛錬を続けて、誰にも負けない速さを手に入れて、魔法にひるまず敵の懐に飛び込み続けて、傷だらけの体、騎士サコットを作ってきたものは、ただひたすらにサコットの力そのものだ。魔法が使えたら、なんて、きっとシキアなんかより何度も何度も思っただろう。それでもずっと自分を責め続けて「嫌われたくない」なんて――。
(サコット様は俺達と同じだと、思ってた、同じ苦しみを知っているって、けど)
違った。きっと、もっと別の苦しみを背負っていたのだ。いつだって笑顔で気安くて、その裏でずっと苦しみ続けているなんて。
「ごめん、本当に」
こんなか細い声で頭なんて下げないで欲しい。
言いたいことがたくさんあるのに、声にならない。何をどう伝えればいいのだろう。
長いような一瞬のような沈黙が流れて、波が打ち寄せる音だけが耳を揺らす。
どれだけそうしていただろう。先に動いたのはサコットだった。
「帰らないとね」
砂浜から腰をあげ、シキアに手を差し伸べてから、はっとしたように手をひく。
「ごめん、嫌だよね」
また謝られた。
ちがう、ちがうんだ。
サコットは微かに笑ってからシキアに背を向けた。その背中が苦し気で、シキアは思わず、叫んだ。
「サコット様、オレはずっと、貴方に憧れていて、同じ苦しみを分かってくれるひとだって、勝手に理想を押し付けて、勝手に、自分の英雄像を押し付けて、ごめんなさい、オレらの、こういう思いが、貴方を苦しめてるなんて知らなくて!」
弾けるように振り返ったサコットはまるでいまにも泣きそうな表情をしていた。心細い子供のような表情は、憧れていた強い金の騎士とは思えないほどはかなげで。
「ごめん、君の憧れの騎士で、ずっといたかったのに」
ちがう、ちがうんだ。
もう、あふれてくるなにかを、おさえられない。
「金の騎士に憧れたのは本当です、けど、オレなんかに本当のこと話してくれて、オレが思っていたよりもっとずっとサコット様は強くて優しくて、その」
心臓が跳ねあがる。言っちゃだめだって思うのに、でも、もう止められない。
「もっと、好き、です。サコット様のことが、好きです」
サコットは一瞬、目を見開いた。このあとは困った顔をさせるのだろうと思うと、まっすぐにその顔を見ていられなくて慌てて目をそらした。こんなどさくさな告白聞き流されていい。憧れを突き破ったこの感情を恋情だと認めたくなかったけれど、口に出してしまえばもうごまかせない。だいたい、こんな側にいて優しくされて、秘密をしって、その苦悩を知って、好きにならないわけがないのだ。だって、ずっと、好きだったんだから。初恋だったのだ。
沈黙が気まずい。波の音がやけに大きく聞こえる。こんなときに一体オレは何を言っているんだと、だんだん冷静になってきた。もう帰りたい。
(そうだもう帰ろう)
「あの」
「シキア」
あ、言葉が被った、と思って顔を上げた瞬間だった。いつの間にか側にいたサコットを視線が絡んだ、とおもった途端、その腕が伸びてきて、あ、という暇もなく、抱きしめられた。背中に回された腕、顔が押し付けられる肩口、耳に落ちる、熱い息――。
「シキア」
「っ、ぁ」
思わず小さく跳ねて、もっと強く抱きしめらる。
なにが起こっているか分からなくて顔が熱くなる。重なった胸で鳴り響く心臓の音はサコットに聞こえているだろうか。
「シキア」
また耳元で囁かれて、気が遠くなりそうだ。
「んっ」
変な声がでて、消えてしまいたい。
サコットは静かに続けた。
「ありがとう」
その声がまるで幸福に震えているようで、シキアも震えながら、そっとその背中に手を回した。
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