第10話

 城の前ではヒアミックの言葉通りウサミが待っていた。シキアと同じくらいの背格好なので威圧感もないし同じ不良者で話やすい。なにより、ウサミは笑顔の多いきさくな男だった。本人曰く、ヒアミックが不愛想なのでフォローを入れていると自然とそうなる、らしい。

「ウサミ」

「あ、シキア、結構早かったね。もっと遅いかと思った」

「お前の雇い主めちゃくちゃだぞ」

「当たり前じゃないか、ヒアミック様だよ? 僕がこの話を聞いたのは昨夜」

「オレはさっき」

「さっき? それは酷いねえ」

 ウサミは面白そうに笑っている。酷いと言いながら楽しんいるのが透けて見えて、あの雇い主にしてこの雇われぬしありって感じだ。

 とりあえず、サコット隊の本部がある城内の部屋に向かったが、ここは事務仕事部屋なのでサコットはいないと言われた。普段は街はずれの訓練所にいるらしい。少しは心の準備をする時間ができたと思いながら、ウサミと街はずれに向かう。

「それにしてもさ、副長が僕でいいの? シキアと違って僕はヒアミック様の研究のこと、何も知らないし」

「……ウサミしかまともに話せる相手がいない」

「もう、いつもそれ言うよね。だから友達を紹介するって言ってるじゃないか。それに城内には不良者だけの組織もあるんだし、たまには顔だしなよ」

 それは確かにそうなのだ。不良者救済の措置として宰相はかなりの数の不良者を直接雇用している。おもに清掃や食堂仕事のような下働きであるが、それでも普通に雇ってくれる場所が極端に少なかった不良者たちにとっては、まともな給料がでるだけでも破格の待遇だ。

 最初のころはシキアもその組織になじもうと顔を出していたが、そのなかにいても「ヒアミックに寵愛されている」と思われているシキアは浮いてしまっていた。ヒアミックがシキアを選んだのは魔法器官が無いからだが、ヒアミックの研究もそのこともまだ秘密にするということだったので、その話は王しか知らない。ヒアミックの手前、表立ってその妬みを受けることは少ないが浮いた存在というのは確かだ。普通に接してくれるのはウサミくらいだ。

 ウサミのことは好きだから、自分と関わることで迷惑を掛けたくない、というのがシキアの本音だったが、これからはそんなこと言っていられないのかもしれない。だって、本気で「調査隊長」をやることになりそうだからだ。部下ができるということだ。

(このオレが)

「無理だろ」

思わず口に出て慌てて口を押さえたが、ウサミは小さく笑った。

「ああ、人間関係が不安? まあ、そのために僕が選ばれたんだから頑張るよ。シキアはヒアミック様の仕事を頑張って」

「頼む」

「それにしても、サコット隊に仮入隊できるなんて夢みたいだね」

「仮入隊って」

「そんなもんでしょ? まあ、でも、僕たちにできることなんてきっと何もないから、言われたことを頑張ろうね」

 ウサミと話していると、少しだけ緊張がほぐれてきた。研修と言っても、サコットは忙しいだろうから、隊の中でも下の立場の班長付きになるんだろう、とウサミは予想する。サコットと始終一緒にいるのではと緊張していた自分がバカみたいで、同時にやる気も沸いてきた。ウサミの言う通り、出来ることはないのだから、せめて言われたことは懸命にこなそうと決意した頃、街はずれの訓練所につく。

 入口の隊員に名を名乗ると、すぐ中に入れてもらった。ちゃんと話が通っているらしい。しかも、その隊員は見た目がいかついわりに笑顔で好意的だった。

「この人の下だといいね」

 耳打ちしてきたウサミに何度も無言で頷いていると、

「あ、来た来た、シキア、ウサミ」

 聞き覚えあのある明るい声が響く。心臓が跳ねあがったのを右手で押さえつけながら振り返ると、金の髪が輝いていた。

「サコット様!」

サコットはいつものように笑顔で、やっぱりこの前感じた陰のようなものは気のせいだったのかな、と思う。というか、もうそれどころでもない。サコットの手が肩にかかったからだ。

(ぎゃ)

「二人には俺についてもらう。まあ、俺の側に居て何か学べることがあるのかは疑問だけど、あいつがそういうから何か収穫はあるかもしれない。辛いときはすぐに言ってくれ、俺は察するのが得意じゃないから」

「まってください、サコット様付きですか? 僕はてっきり」

「ヒアミックじきじきに頼まれているからな。慣れない仕事で大変だとは思うが、とにかく俺についてきてくれたらいいから」

 これは大変だと、ウサミと顔を見合わせているうちにサコットは誰かに呼ばれて歩き出す。慌てて後ろを歩きながらシキアは気合を入れなおした。サコットの仕事を見ていられるなんて、こんなこともう一生ない。どこへいくんだろう、と緊張していた二人だが、サコットが向かったのは訓練所の外だった。

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