第11話

 訓練所から街への道を歩きながら、時々、足を止めて石畳を見ている。サコットを呼んで先導しているのはどうやら城の建築課のようだった。

「このへんの道なんだが、どうしても遠征用の馬をひく機会が多いのですぐ荒れてしまうんだ」

 たしかにひび割れや欠けがめだつ。建築課の職員も眼鏡を押し上げながら真剣に道を見つめている。どうやら石畳の敷き直しを依頼しているみたいだった。

「事情は分かっているんですが、一昨年、直したばかりですよ」

「ああ、昨年はイースト隊だったからな、あそこは騎馬隊だからうちよりも馬が多かっただろうな。それにしても、いくらなんでも一昨年にしては石の摩耗が早すぎる。敷きなおしたのはどこの業者だ」

「確か、新規業者でしたね、資料を確認します」

「合わせて、誰からの紹介だったかも確認してくれ」

「分かりました」

 建築課の職員はシキアとウサミをちらと見て、戻っていった。

「あの、こういうこともサコット様がじきじきにされるんですか」

 ウサミはサコットとの付き合いも長いらしいので、まるで怯む様子がない。心強い。

「いや、細かいことは苦手だから普段は副隊長にまかせているよ。今日は副隊長のトークンが遠征に出ていてね。仕方なく俺が。やっぱりこういうのは向き不向きがあるからね、適材適所で仕事を割り振るのは長の務めかもしれないな」

 サコットはじっとシキアを見つめている。綺麗な青い目に見惚れていると、ウサミが小さく小突いてきた。

「さっきの隊長の仕事ってことでしょ」

「はっ! はい、メモします」

 そうだった、隊をまとめるとはどういうことか、勉強にきたのだった。どうごまかしてもシキアは浮かれていて、そんな自分が嫌になる。本当にウサミがいてくれてよかった。

 それからは、各段に意識をしてサコットを見ていた。隊員にどんな声をかけるのか、どう振舞うのか、舞い込んできた依頼をどうこなすのか、勉強するべきところはやまほどある。

 サコットはとにかく隊員ひとりひとりによく声をかける。訓練の助言から世間話までとりどりだ。もしかして、と確認したら、隊員全員の顔名前は当然として家族構成や出身村まで記憶している。サコットに言わせると、話していると勝手に覚えてしまう、そうだ。ウサミは「怖っ」とこぼしたが、シキアは感嘆した。

 サコットはすごい騎士ではあるが、隊員たちには畏れや尊びよりも、ひたすらに敬愛を受けているように見えた。仮にも騎士であるのに、シキアのようなものにも気安いのはそういう性格なのだろう。この隊ではそういうところも隊員から慕われているように感じる。なんとなく、家族のような隊に思えた。

 そういえば、シキアがサコット隊の試験を門前払いされたとき「隊長が魔法を使えないからこそ、隊員はその分も魔法が得意な者が必要」と言われた。募集要項には魔法必須と書いていなかったから不条理だとあの時は思ったが、サコット隊だからこその隊員たちの想いだったのかもしれない。

「しかしサコット様、あまり上の者が気安いと示しが付かないと言うか、乱れが生じやすいのでは」

 ヒアミック家や城をよく見ているウサミが真剣な眼でサコットに言う。サコットはにやりと口の端を上げて笑った。

「だから副隊長がいるんだ。トークンは締めることのできる貴重な人材だから、戻ってきたら紹介しよう。ウサミは彼につくといい。隊長と副隊長は別の役割だからな」

 え。

 ええ。

「えっ、ウサミは一緒じゃないんですか」

「研修をしに来たんだろう」

 その通りなので何も言えなくなる。

(だってそれじゃあやっぱりオレはサコット様と始終一緒にいるってことじゃないか、しかも一人で!)

 こんなもの、心臓がいくつあっても足りない。ウサミが気の毒そうに見てきたが、それからすぐに副隊長が戻ってきて、ウサミはそっちに行ってしまった。

「さて。副隊長が戻ってくれたから訓練所のことはすべて彼に任せて、俺達は街にでよう」

「街にですか?」

「そうそう、これも大事な任務の一環だぞ。街を端から端までまわるぞ」

 サコットはそれはもう楽しそうだった。

 そもそも四年ぶりに王都に戻ったから色々新鮮だということに加えて、人と話すことも楽しんでいるようだった。否応なしに目立つサコットはすぐに民衆から声を掛けられる。店の人たち、とおりすがりの子供、家の中から女の人、みんなに笑顔で気安く接するサコットは騎士というよりただの人気者のようだ。

「楽しそうですね」

「そりゃね、俺達の仕事は国民を守ることなんだから、こうやって笑顔を見ているときが一番やりがいがあるよ。皆の笑顔を守りたい、それは隊員も含めてね。隊の長は常に目的を見失ってはならない。自分は何のための長なのか。常に自問しているよ」

 なんのための長か。目的を見失ってはいけない――。

(オレは、ヒアミック様の役に立つために。瘴気の地を調査するのは王様のため、この国ためだって聞いてる。だから、オレはこの国の為の長になるんだ)

 急に自分の立場がはっきりわかった気がする。ヒアミックに言われた通りに動きさえすればいいと思っていた。でも、きっと、それだけじゃ足りないのだ。

「サコット様ー、今晩ウチで食べてよ」

 食堂のおばちゃんに声を掛けられて手を振ったサコットはちらとシキアを見て、不意にシキアの頭に手を置いた。ぐしゃと髪を乱しながら撫でられて言葉を失うシキアに、面白そうに笑う。

「まあ、最初から難しく考えることないよ、出来ことをやったらいい。――っていうか、シキア、髪柔らかいな。びっくりした」

「えっ、あ、髪? 別に普通だと思いますけど」

「そんなことないって、俺の触って? 全然違うって」

 身をかがめて「髪を触れ」と促してくるが、憧れた金の髪にきやすく触るなんてこと、出来るはずがない。だって、髪を触るなんて、まるでベッドでの延長で、だって

「ほらほら」

「っ、ああもう、すみません!」

 触れた髪はしっかり芯があって指から抜けるときに金を跳ね返す美しい髪だった。

「ね、シキアは柔らかいでしょ」

 正直、分からない。サコットの髪に触れたという事実に興奮しすぎて、もう本当に何がなんだか分からない。

「何か香油つけてる?」

「いえ、何も」

「ほら、俺達って洗髪魔法使えないだろ? 俺は手洗い用の石鹸で洗って香油つけてるんだけど、シキアは?」

「あの、森で取れる香草に汚れを落とす成分と香りを残す成分のものがあって、それを使ってます」

「ああ、だから香りもいいのか。いいな、教えてくれないか?」

「あの! だったら、今度、精製して、持ってきます」

「ありがとう。さすが、シキアは物知りだな」

 ただ森暮らしが長いだけだが、それを褒められると嬉しい。というか、洗髪液はシキアが勝手に自分が好きなように精製するのだが、そんなものでサコットの髪を洗うなんて許されるのだろうか。でも、手洗い用の石鹸よりは汚れが落ちるのは確かで個人的には香油のきつい香りよりも爽やかでいいと思って――。

(一度くらいなら、いいよな?)

 何より、サコット自身から頼まれたのだから、仕方がない、いいはずだ。自分の髪と同じ香りがサコットからもする、と思うと顔に朱が走りそうになる。こんなことで興奮して最低だと思うのに、喜びを抑えられないのも本当で。このあとも街の視察を続ける間、サコットはずっと上機嫌で、シキアもずっとその横顔を見つめていた。

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