第9話
◆
どうしても忘れられない。サコットの暗い表情を、だ。あのとき、何を話していたっけ? あの場には自分しかいなかったのだから、サコットにあんな表情をさせたのは自分なのだ。それがどうしても許せない。
(オレは何を言ってしまったのだろう)
凄いって褒めてくれて、だから、シキアも思いを伝えた。凄いって思っている、憧れている、皆そう思っている、って……。それのどれが駄目だったのだろう。あまりにぐるぐる思い詰めていたから、それはすぐヒアミックに見抜かれてしまった。
「随分、思い詰めているな」
「あ、すみません、仕事も研究もちゃんとやります」
「ああ、それだが、前々から言っていたと思うが少し研修に出てもらう」
「けんしゅう?」
「君にはできる限りの知識を吸収してもらった。瘴気の地へ調査に行くには十分だろう。半年後には試験調査にでてそのまま本格調査に入りたい。ここから君に必要なのは知識の吸収ではなく、隊を率いる能力だ」
「先生が隊長でしょう?」
「私は顧問だよ。それに瘴気の地で私はあまり役にたたないだろう。君には調査隊を率いてもらう」
「確かにそれは聞いてましたけど、本当に? だって俺なんて」
人とあまり関わってこなかった。昔から話すのは父親だけで、街にきてからも個人的に話す存在も本当に少しだけだし、なにせ一番親しいのはヒアミックだ。そんな人間に隊を率いるなんて、できるわけがない。だからずっと、それだけは無理だって言ってきたけどヒアミックは本気でシキアを隊長にするつもりらしい。この人が本気であれば覆せない。
「君一人に押し付けはしないよ。ただ、瘴気の地で何の憂いもなく動けるのは君だけだからな。隊長はシキアにしか頼めない。うちのウサミを副長につけるから、二人で研修に行くように」
「ウサミと」
シキアは少しだけ安堵の息を吐いた。
ウサミはヒアミック家に雇われている、いわばヒアミックの世話係のようなものだ。とはいえ、ヒアミックは大抵のことを一人でこなすので、ほとんど家事の世話しかない、らしい。この街で個人的にかかわりがある数少ない人物で五つほど年上なので、心強い。
「それで、どこへ行けばいいんですか」
「騎士隊だ」
――。
(待って。今、城下町にいる騎士隊っていえばサコット隊なんだけどまさかそんな)
ヒアミックは面白そうに唇の端をあげながら、ゆっくりと言った。
「サコットに頼んでいる」
「そんな! だって、サコット様は忙しいと思うし俺なんてなんの役にもたたないのに迷惑かけてしまいます!」
「迷惑かけるから頼めるのがサコットしかいないんだ。私の友人の少なさは知っているだろう?」
なんでそんなに誇らしげに胸を張っているかわからないが、宰相息子の切り札を使えば誰でも受け入れてくれるのではないか。
(あ、でも、俺達不良者だから、受けてくれるとこは、ないか)
減ったとはいえ、不良者への偏見や差別はまだまだ根強い。サコット隊でなければならない理由がよくわかった気がする。なにせ、サコット自身が不良者だ。
それにしても、だ。サコット隊は憧れの騎士隊で、昔は試験で門前払いされて、夢破れた、そんな存在なのに、まさかこんな形で行けるなんて思いもしなかった。
「サコットには話を通している。さっそく向かってくれ」
「待ってください、今から?」
「無駄にしていい時間はないんだ」
そうだろうけど、でも、あまりに突然すぎて何のこころの準備もできていないし、なにより、
「あの、研修って何をするんでしょう?」
「サコットに任せている。君は、隊をまとめるとはどういうことか、学んでくればいい」
緊張する。役に立てないのは分かっているから、こうなればいかに邪魔にならないかを考えるしかない。
「ウサミが城の前で待っているぞ」
「もう待たせてるんですか⁉ 早く言ってくださいよ! もう、ああ、じゃあ、行ってきます‼」
「ああ、サコットによろしく」
ひらひらと手をふるヒアミックはやけに楽しそうだった。シキアのサコットに対する憧憬をしっているから、あたふたするシキアを見て楽しんでいるのだろう。くっそー、とは思うが、高鳴る鼓動をごまかすことはできそうになかった。
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