第6話
午後の仕事はあまり集中できなくて、ヒアミックにはすぐ見抜かれてしまった。
「サコットと何かあったか?」
「う、なんで」
「浮かれているように見えるからな」
浮かれているのだろうか。浮かれている、そうなんだろうか。自分の人生に浮かれることなんてあるとは思わなかった。粛々と先生の任務をこなしながら父と暮らす。それがシキアの人生なのに、この予想外のことはなんだろう。顔がゆるむ。
「あの、オレ、態度に出てますか」
「分かるのは私くらいだろう」
だったらいいかと思うと同時に先生は怖いなとも思う。他人には興味ありません、みたいな顔をしているのに、しっかり見られているのだから。でも浮かれているなんてこれ以上思われるのが嫌で仕事はちゃんとやったと思う。ただ、こんなに終わりの時間を気にしたことはない。何度も時計を見ている自分が嫌でもう訳が分からなかった。
夕日が傾いてきたころ約束通りサコットが図書室を訪ねてきた。なんだか髪が乱れて服も汚れている。それでも金の髪は綺麗だし青い目で見られたらふわふわしそうだ。
「おつかれさん、ヒアミック、シキアと約束してるんだけど」
「聞いている。それより汚れているな」
「ああ東の村まで魔物討伐にでててさ、いっぱいでてきて時間かかってようやく今帰りよ。水くらい浴びてきたらよかったな」
窓にうつる姿を見てサコットは前髪を整えている。本当にサコットと出かけるのかとまた緊張してきた。
(よく考えたら二人きりなんてオレの精神が無理では)
「先生も一緒に」
「私は王に呼ばれている」
「それじゃ無理ですね」
「そりゃ無理だな」
サコットと声が重なって、思わず顔を見合わせた。ヒアミックの全ては王様を優先する。それはシキアもよく分かっていることで当然友人のサコットも知っているのだろう。とにかくこれでは先生の助けは貰えないようだ。覚悟を決めるしかない。
(甘味屋に行くだけ、甘味屋に行くだけ)
時間にして一刻もないだろう。
「そういうわけでシキア、今日はもう上がりなさい」
「はい」
声が裏返ってなかっただろうか。もう、そんなことを 考えている場合でもない。やるしかないのだ。
「じゃシキア、行こうか」
「はい」
図書室を出てサコットの少し後ろを歩く。ちょっと顔を上げなければ頭のてっぺんまで見えない背の高さもかっこいい。汚れをはたいているけど、昼は魔物退治してきたって言ってた。シキアも昔はサコット隊に入りたいと思っていたことがある。魔法が使えないと入隊資格がないと言われて諦めたけれど。シキアが助けられたように今日も誰かを助けてきたんだろう。憧れる。きっとたくさんの人がシキアと同じ思いを抱いている。
「なに後ろ歩いているんだ? 前か横来てくれないと場所分からないよ」
だって、もうすれ違う人がサコットを見ている。不良者だけじゃない、サコットの凄さを知っているひとはきっとシキアと同じように憧れをもって金の騎士を見ているのだ。そして、一緒に歩いている目つきの悪いシキアを「なんだあいつ」と思っている。ヒアミックと歩いているときも似たようなものだが、そこには「ヒアミックに特別扱いされる理由」がきちんと存在しているので気にならないで堂々としていられる。でも、サコットはだめだ。堂々とできる理由がない。
「シキア?」
でも断ることもできない。きっと通り過ぎたあとに色々言われるんだろう。シキアはそれでいいのだが巻き込まれるようにサコットが悪く言われるようなことがあったら耐えられない。でも、今サコットを困らせるのも耐えきれない。ほんの少しの間だけだ、覚悟を、決めたじゃないか。
サコットの隣に立つとサコットは嬉しそうに笑った。
王都は三層構造になっていて、城は上層にある。今から目指す甘味屋は中層の商業地区だ。ちなみにシキアの家はヒアミック家の庭なので上層だ。
静かな上層から中層に降りると途端ににぎやかになる。
「お、また新しい出店が出てるなあ、シキア、ちょっと寄ろう」
サコットはいい香りを振りまいている肉串の屋台にふらふらと寄っていく。
「あ、あれ何、パン?」
サコットは白パンが積みあがっている店先にふらふらと歩いていく。
「なあなあ、あれ何?」
「あれは木彫りですよ、というかサコット様、甘味屋に行くんですよね?」
「うん。でも商業区ひさびさだから面白くて浮かれた。ごめんごめん」
「いえ」
別に構わない。サコットが楽しそうなので、別に構わないのだ、シキアも楽しいし。しかし問題はそこではない。
「甘味屋はもうそこです」
「寄り道ごめんね、王都四年ぶりだからつい、ね。さて色水色水」
サコットは何やら鼻歌を歌っている。騎士隊は一年ごとに任務地を変わる。国境、国境、採掘所、どこも辺境の山だ。町が久しぶりで嬉しいのだろう、それはいい。
「凄い、五色もあるのか。全部買おう」
「全部!?」
「せっかくこんなに綺麗なんだから買うよ。店主、こっからお金取って」
サコットは腰の革袋をそのまま店主に渡した。
問題なのは「これ」だ。
「待ってください、すみません、払います、いくらですか」
店主が手に取りかけていた革袋を奪い取ってシキアはその革袋から銀貨五枚を渡す。多少手間取ったが、金板と銀貨と銀板と銅貨と銅板がごちゃまぜに入っているから探すのが大変なのは仕方がない。問題はそれを面倒がってか、サコットはこれまでの買い物では革袋をそのまま店主に渡して店主がそこから金をとる、ことだった。そんなことしたらいくら取られるか分かったものじゃない。面倒なサコットの気持ちは分かる。魔法が使えたら指定の金額を手に取りだすことは一瞬なのだ。魔法が使えない不良者たちはいちいち袋から指定の硬貨を探さないといけない。普通の不良者はそもそもそんなにお金を持っていないので問題はないが、サコットは騎士様で、お金をたくさん持っている。確かに買い物は面倒だろう。シキアもヒアミックの買い物を任されるから面倒さはよくわかる。同じ悩みがあるのは嬉しい気持ちにもなる。だけど、この買い方はだめだ。
無事色水を手に入れてサコットは嬉しそうだが、耐えきれなくなった。
「サコット様、買い物のとき、持ち硬貨全部店主に渡す買い方はだめです、管理ができないでしょう」
「んー、まあ、喜ばれるしいいかなって」
「よくないです!」
「わ、叱られた。ごめんなさい、反省します」
しまった、つい、ヒアミックにするように遠慮ない口をきいてしまった。でも、サコットはなぜか嬉しそうだった。
「ねえシキア、このあと晩飯」
「すみません、父さんと食べるので」
それにこれ以上ぼろを出さない自信がない。サコットはすぐに分かってくれて、さっき辿ってきた屋台を全部回って
「今日のお礼に」
と土産をたくさんくれた。逆に恐縮してしまうんだけど、きっと受け取らないと帰してくれないんだろうな、と素直に受け取った。
サコットと別れての帰り道、何度も空を仰ぎ見る。なんて良い時間だったのだろう。もうこれ以上幸せな日なんてないかもしれないな。大げさと笑われる気もしたがシキアは本気でそう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます