第7話
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王宮図書館は基本的に貸し出し業務は暇だ。借りにくるのは決まった人たちだけだし、一般開放もしていないのでほとんどは王やヒアミックが買ってきた蔵書の管理で終わる。それにシキアが魔法を使えないと知っている城の人間はヒアミックがいないときはすぐに帰ってしまう。書物探しの魔法が使えないと本が探せないと思っているのだ。それが無くても探せるようにと分類分けをしたのだが、今のところ貸出で役にたったことはない。
今日はヒアミックが魔法研究室にこもっているので貸出業務は暇だ。掃除もしたし、返却本も片付けた。時間があるときは別の事をしてもいいと先生じきじきの許しを得ているので、今日はここのところ取り組んでいる作業をすることにする。財布作りだ。
サコットと甘味屋に出かけた次の日から、たくさんもらいすぎた土産の礼をずっと考えていて、思いついたのが財布だった。
この国の通貨は上から「金貨」「金板」「銀貨」「銀板」「銅貨」「銅板」の六種類がある。買い物魔法が使えればぜんぶごちゃまぜの革袋から指定の硬貨を取り出せるが、この前の通りサコットは苦労しているみたいだった。シキアも同じ苦労を経て自分用に財布を作って解決したので、それをサコット用に作ろうと思ったのだ。簡単に言うと、六種類の硬貨を別々に入れるポケットを革袋の中に作るのだ。巾着式では難しいので横長の形にして、かぶせ型の蓋にする。蓋はボタンでとめて中がこぼれないようにした。蓋を開けると上から六つのポケットが見えるようになり、銀貨は銀貨のポケットに、銅貨は銅貨用のポケットにと分けて入れる。これだけで買い物はおそろしく楽になった。単純なことなのだけれど、普通の人には必要のない機能なので店には売っていない。だからシキアは自分で革を細工して作った。
昔から不便なことは自分でなんとかしてきたので、そう苦痛でもない。例えば、灯火魔法を使えない替わりに、こすり合わせると火が付く石をみつけて持ち歩いている。世界が自分に合わせてくれるわけがないので、自分でなんとかするしかないのは当然だ。シキアにとってはそれが普通の生活だったが、王都に来て他の不良者を見ていると、自分は異質なのだと知った。ほとんどの不良者は不便を諦めている。きっとサコットもそうなのだろう。まあ、サコットの場合は自分でなんとかしなくても周りがなんとかしているのだろうが。
革財布のボタンを縫い付けてなんとか出来上がったものはシキアの物より出来がいい。革も良いものを使ったし、出来うる限り丁寧に縫ったつもりだ。あとはしっかり礼を伝えると同時にちゃんと渡せるか問題だけだ。
あれからも時間があればヒアミックの元にくるサコットと、挨拶と少しの会話くらいはできるようになった。でも全部、サコットからしてもらってばかりだ。今回は礼なので自分から切り出さねばならない。脳内で何度も練習しているとき、珍しく夕刻前にサコットが図書館に来た。
「あれ、ヒアミックは?」
「研究室です。ご用事ですか?」
「うん、ちょっと探してほしい本があって」
サコットは書架をちらとみて、シキアをちらと見る。魔法が使えないから探せない、それは常識だろうけれど、サコットはヒアミックの友人だ。もしかしたらこの図書館が分類別に並んでいることをちゃんと知っているかもしれない。ヒアミックがそこまで話していれば、だけれど。ちょっと期待をしていると、サコットは申し訳なさそうに目を細めた。
「頼める?」
「はい!」
嬉しくて思わず大きな声になった。この図書館にきて四年、初めて貸出の仕事ができる。ヒアミックは本当になんでもサコットに話しているんだな、と感謝の気持ちでいっぱいだ。
「何をお探しですか」
「北棲の魔物だと思うんだけど、この前みたことないやつがいてね。瘴気の近くだから何か気になって」
「魔物一覧書なら奥棚の一番上ですね、取ってきます」
小走りで奥棚に向かうとサコットもついてきた。なんか見守られるとやりにくい。梯子を用意して一番上の棚を目指す。北棲と言ったが一応全て網羅しているものも取り出して渡した。
「北に特化ならこちらですが、瘴気の近くとのことですので、念のため鉱脈近くのものがこちらです」
「ありがとう、凄いな、本当に魔法なしで探せるのか」
「分類さえしてしまえば誰にだってできますよ」
「いや、そんなことはないよ。棚の位置だけじゃなくてシキアはすぐに本の場所まで分かっただろう。全部覚えているの?」
「さすがに全部はむりですが、だいたい」
「やっぱりすごいよ」
「いや、こんなの魔法さえ使えば必要ないですから、すごくはないです」
「……俺はね、魔法を使えないひとが魔法と同等の力を得るためにどれだけ努力をしているか、分かっているつもりだよ」
そうだ。サコットは魔法なしで騎士になったひとなのだ。剣技と体術、それだけで、この国で一番強い四人の一人であり続けている。サコットの言葉をかりるなら、どれだけ努力をしているのか。シキアはさっきの自分の言葉を恥ずかしく思った。
「あの、すみません、サコット様は、本当に、凄いと思っています」
「うん、ありがとう。俺も君を本当にすごいと思ったよ」
「あ、あの、はい、ありがとうございます」
サコットは満足そうに、にこりと笑った。その笑顔が透き通っていて綺麗で、その青空のような眼に自分が映っていることが嬉しくて「この前の礼をするなら今だ」と思った。貸出机まで駆け戻り、革の財布を掴む。
「あの、サコット様、この前は、沢山土産をいただいて、あの、父さんも食べきれないよって笑って元気でて、その、だから、お礼に、あの、財布なんですけど」
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