猫を拾った。

猫野 ジム

猫との暮らし

 俺が十歳の頃、学校からの帰り道で黒い子猫を見かけた。ダンボール箱に入っていて、そこには『拾ってください』と貼り紙があった。

 こんな漫画みたいなことが本当にあるなんてと、子供ながらに思ったことを今でも覚えている。


 当時は俺も子供だったため生き物を飼うことの大変さを全く考えていなかった。

 俺がその子猫を拾って帰って来ると、母さんがすごく驚いていた。


「どうしたの? その猫」


「拾った。飼っていい?」


「かわいそうだけど、ウチにはそんな余裕は無いし、生き物を飼うことは命に責任を持つということなんだよ」


「えー、でもここでまた捨てたら僕たちも最初に捨てた人と同じになっちゃうよ。お腹空いてるみたいだし、ご飯だけでもあげていい?」


 俺がそう言うと、母さんは「とりあえずキャットフードを買ってくる」と出掛けて行った。


 黒猫だからクロと名付けたその子猫は、子猫用のキャットフードを瞬く間に完食した。

 仕事から帰宅した父さんも母さんと同じようなことを言ったけど、二人ともクロが甘えに寄って行くとずいぶん嬉しそうだった。


 両親はクロの譲渡先を探していたけど、なかなか見つからず、そうしているうちにクロはどんどん大きくなり家中を走り回るほどに成長した。


 柱をガリガリ、物をバンバン落とす、畳で爪研ぎと暴れ放題のクロだけど、いつの間にか横にいたり、頬をスリスリしてくる様子がとてもかわいい。

 いつしか両親も譲渡先を探すことをしなくなったようで、クロはすっかり家族の一員となっていた。



 それから十二年が経ち、今日はクロとのお別れの日。母さんのあの日の言葉、「とりあえずキャットフードを買ってくる」から十二年か。


(ハハッ……もう全然とりあえずじゃないな)


 今、この場には父さん・母さん・俺・クロの四人が居る。母さんは涙を流している。父さんは表情を崩してはいないけど、胸の内では泣いているのかもしれない。

 俺も泣き顔を見せるのは恥ずかしいので、努めて冷静に振る舞う。寂しさがあふれ出ていないだろうか。


 俺はクロに声をかけてから、家族に言った。


「いってきます」


 俺は就職のため実家を出て一人暮らしを始める。今日は出発の日。家族が玄関まで見送りに来てくれていた。


 長時間、車を運転してアパートに着いた俺は母さんに無事に到着したという電話をかけた。

その時にクロの様子を聞いてみた。


「クロね、あなたを見送った後、ご飯をバックバク食べていたよ。本当にあのキャットフードがお気に入りなのね」


 あのキャットフードとは、十二年前に母さんが買って来た物だ。今は子猫用じゃなくて十二歳以上用の物にはなったけど。


 クロはまだまだ元気。猫の十二歳は人間に換算すると六十代半ばらしい。拾った時は産まれたばかりじゃないかと思うくらい小さかった。


 あの日、母さんが言った「とりあえず」がまだまだ続けばいいなと俺は願った。

 

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