fighter2:鋼原奈緒・前編
私は今でも思い出す。軽い身のこなしで私と同じ歳の選手を赤子の手を軽く捻るかの如く倒していた。
私の試合の時も全力の拳を受け止め、蹴りや掌底さえも耐え抜いた。
自分と同じ強者と巡り会えたことに私は期待と喜びを感じた。次相見える時は全力でぶつかり合う。
そう約束した数ヶ月後にその回想に浸った私は道場に帰った。
あれ、木床と汗の匂いどころか、血の香りを感じる。そう思った私は稽古場へと急いで向かった。
その稽古場で見たのは、血と打撲痕に塗れた門下生たちと黒い胴着に身を包んだ悪漢たちがいた。
師範であるお母さんも壁にもたれ、荒い呼吸で気絶し掛かっていて、奴らの前に一心も倒れていた。
「お母さん!? 一心!? 皆んな!?」
「ほう、貴様があの鬼門の一族を打ち負かした小娘とは。まだ幼いが痛ぶりがいがある。」
黒い胴着の集団の内、黒帯を持つ長髪の男はリーダー然として私を見ると、口元を歪ませ、嘲笑う。
後ろの取り巻きも同じ風に続けて、笑う。
「あんた達! こんなことをしてただじゃ置かないわ! 鋼原流空手次期師範である私が…」
怒りで勢い付いた私は殴り掛かろうとするが、眠っていたはずの一心が目を覚まし、私の脚を掴んで、制止し、呼びかける。
「やめろ…今までの稽古とは違う…こいつらは本気で殺そうと…して…」
その瞬間、一心はリーダーと思しき男に蹴られ、壁にぶつかるまで吹き飛ばされた。
「無粋な真似をするでない。雑魚の分際で我らの実戦を邪魔するとはな。これだから弱者は嫌いだ。」
「ふざけんじゃないわよ! この最低野郎!」
大切な弟弟子を無様にされた私は堪忍袋の緒が切れ、怒りのままにその男のムカつく顔に正拳をぶつけようとする。
しかし、私は死角から不意に取り巻きたちの蹴りや拳を喰らってしまう。
「教えてやろう、裏空手の実戦を。」
そこからが悲惨だった。囲い込んだ取り巻きたちに一方的に殴られ、蹴られ、技を掛けられた。
リーダーである男はその虐待を見るや否や孝悦して、勝ち誇る。
「戦の如き想定外の戦略、軍の如き無慈悲な戦術、それこそが実戦! 多対一を極められぬ者は強者であっても瓦解する! さあ、思い知れ、強者の裏空手を!」
何もしていない癖に高笑いをするその男に苛立ち続けるも、目の前の悪漢共さえにも何もできないことに悔しかった。
「はは、弱い者を痛ぶるのは楽しいぜ!」
「弱者を虐める、この背徳感こそ、裏空手の醍醐味よ!」
「小せぇ大会で息巻いている時点で調子付いてんじゃねぇよ!
悪漢共の下卑た笑いで包まれた中で私も釣られて笑いそうになった。不甲斐なさの前に。
空手馬鹿少女とか、次期師範とか言われ続けたのにこの体たらくで本当に可笑しい。
あぁ、ここから逆転できたらもっと楽しくて笑えるのになぁ。
そう思った瞬間、唸りが聞こえた。
「うっ!? うぎゃあああああ!?」
悪漢の一人が足元に大きな腫れが出来て、倒れたのを見た私は
なんだ、まだ闘えるじゃん。もっと、楽しめるじゃん。
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