fighter11:記憶の鬼門
蓮火の涙を見て、奈緒は空手大会の頃の誓いを思い出す、夕陽に晒された若すぎる青春を。
「すみません、もう、分かりました。一人で修行します…でも、また会うその時は一緒に戦って下さい。」
蓮火は涙を抑えながら、奈緒に背を向け、稽古場から去ろうとする。
「まっ、待って…いや、何でもない。」
奈緒はそんな彼女の寂しく悲しい背中から、約束を破った自分が失望させてしまった後悔を自覚し、呼び止めようとするも、闘いへの恐怖となった無惨な過去の記憶が足を引っ張り、呼び止める声が出なかった。
(いいのよ、これで。もう、私は格闘家として成り立たない。そうよ、私に非があるなんて…)
群衆たちも二人の気まずさに気づき、野次一つも飛ばさず、静かになった稽古場で奈緒はもう闘いたくないと開き直ろうとした。
その直後に彼女は左頬に鋭い痛みを感じ、床に突き倒された。
気づけば、一心は血を握り締めた拳を突き出した後だった。
「何勝手に冷めた闘いのまま、終わらせようとしてんだよ! 奈緒!」
鋭く目走る一心は怒り心頭で奈緒を仰ぎ見た途端に尻餅ついた彼女の胸倉を掴み、無理やり立たせる。
「猫被ってんじゃねぇよ、空手馬鹿! 俺が一度も勝てなかったてめぇが少ない拳のど付き合いで満足してんじゃねぇ! それとな、蓮火! 何、勝手に約束を諦めてんだよ! 怒るなり、殴って目を覚まさせるなり、無理にでも闘えよ! このアマが!」
「いい加減にしてよ、一心! 私はあの頃、道場破りに負けて、私は空手が、格闘技が怖くなったのよ! だから、もうこれ以上、空手なんてしたく…」
「何が道場破りだ! 道場の看板は取られてねぇじゃねぇか!」
その矛盾を言われた奈緒の脳内に雑音と情景が浮かび上がる。すると、群衆が騒めき立つ。
「道場破りって…門前に確か看板があったよな。確か漫画では看板を取ったり、真っ二つに割るって聞いたが…」
「おい、そう言えばここの道場って、傷害事件があったって聞いたぞ。」
「ええ、強盗か殺人鬼か何かかが男性数十名を病院送りにしたって。」
陰からの呟きに背筋を凍りつかせた。あの道場破りの時に悲鳴を上げたのは誰かを思い出した。
「あれ、違う? あの時の悲鳴…あれ、看板があるけど? そもそも、私何で、五体満足で生きてるの? いや…いや…いやぁぁぁぁぁ!?」
「一心さん、離してください! 奈緒さんの様子がおかしいです!」
蓮火は一心から奈緒を離した直後、奈緒は蹲り、真っ青な顔で恐怖に陥った。
彼女は記憶を呼び覚ます。それはトラウマを呼び覚ます鬼門であった。
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